元衆議院議員(茨城県第6区)[無所属]大泉ひろ子オフィシャルサイト -大泉ひろこの徒然草(つれづれぐさ)-
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日々雑感
[2017/11/01]
ピンチはチャンスなのか



    昨日、都内で、トロント大学医学部アブエライシュ准教授の話を聴く機会があった。教授は、ガザの難民キャンプに生まれ、貧困から抜け出し、ロンドン大学、ハーバード大学で学位を修めたパレスチナ人である。イスラエル病院勤務の時に、イスラエル軍砲撃によって3人の娘を失った。しかし、彼の信条は、決して人を憎まないことだ。
 世俗的すぎると躊躇しつつ、私は、数回の選挙を経て、誹謗中傷や選挙ゴロの存在を憎むことは避けられないと述べた。すると、教授は、「むしろ落選して神に感謝すべきだ。その経験で次はあなたは成功する」と答えた。
 平和社会での小さな憎しみは、紛争社会での大きな憎しみよりも克服しがたいことを私は感じた。教授は、涙と鼻水をふきながらお話しした姿を見ても、想像を絶する経験によって、その哲学にたどり着けたものと思う。世俗の人間の及ぶところではない。
 教授のメッセージは、憎しみを克服してピンチをチャンスにすべきということだろう。この言葉は、四面楚歌となっている小池百合子さんに最大の救いの言葉になるはずだ。誤解されぬように言うが、小池さんを応援する気は全くない。ただ、彼女ばかりを攻撃している、小池人気にあやかろうとして裏目に出た選挙ゴロは、もっと憎むべき存在だ。
 小池さんは、「ガラスの天井を破ってきたが、最後に鉄の天井にガーンとぶつかった」と語った。ガラスの天井は、ヒラリー・クリントンも演説でよく使ってきた言葉だが、小池さんのこの表現は間違っている。女性に対して見えない障害がガラスの天井と表現されてきたのであって、鉄の天井なら、初めから見えていた障害だ。
 政界渡り鳥と揶揄されながらも、見事に時の権力を掌握し続けた小池さん。失敗の殆どないそのセンスが、厳然と存在する鉄の天井を楽観視させた。これからは、小池さんの後ろにいる連中が、バラバラになっていくだろう。彼等、それに乗じたマスコミが小池さんの未だ実績の上がっていない都政を困難にさせていくだろう。
 民主党が2012年、二大政党制をほぼ永遠に葬ったように、小池さんは野党の意義を葬った。小池さんのピンチというより、日本の政治にピンチがもたらされた。このピンチにチャンスが巡りくるとは信じられない。
 我々は宗教者ではない。我々の中で壮絶な太平洋戦争を戦った兵士は極めて少数になった。我々は、世俗の人間として、今の政治のピンチを憎むしかあるまい。

[2017/10/29]
過剰診療



    団塊世代も、哀しいかな、集まると、食事の後に何やら薬を取り出して飲む連中が多くなった。高血圧、糖尿病、心室肥大、咳、腰痛など、一人が複数の薬を飲んでいる場合も多く、まるで薬がデザートのようだ。こんなに一杯デザートがあったら、飲み忘れも多いだろう。薬の飲み残しが年間数百億円になるとの試算があり、むべなるかなと感じる。
 よく聞いてみると、みな深刻な病気ではない。血圧や血糖値などの数値が高く、厳密には「病気予備軍」である。放置しておけば、脳卒中や心臓病になる、目や足の機能が低下する、そう言われて薬漬けになった。待てよ、日本の健康保険は、疾病に対して保険が支払うのであって、予防給付は法律上できないはずだ。違法の「治療」ではないか。少なくも過剰診療だ。
 薬をもらいながら、たびたび検査を受け、その結果に一喜一憂する。薬を飲み始めると、定期的に薬をもらいに病院に行かねばならず、しばしば検査も受けることになる。つまり、患者は病院に縛り付けられることになり、病院側から見れば、患者を抱き込むことによって経営は安定する。また、降圧剤が明らかなように、対症療法でしかなく、薬の効用そのものがほかの臓器を痛めていく可能性がある。医薬産業に大いに貢献する。
 年寄りは、若者に比べ身体が衰えているのだから、一人あたりの医療費が上がるのは仕方ないにしても、病気予備軍の多さが余計に医療費を引き上げていることも明らかだ。「かかりつけの医者を持て」と厚労省は半世紀近くも言い続けてきたが、心配ご無用、途切れることなく、かかりっぱなしの高齢者は非常に多いのだ。
 健康は生きるための資源だが、齢を取ると、健康だけが目的になる。青汁飲むのも、歩くのも、薬飲むのも、みな健康のため、その健康を使って「何をやる」ということはお構いなしだ。なぜなら、労働市場からは追い出され、にわか趣味は相当の金がかかるし、夫婦の会話は無し、孫相手は疲れる。それだったら、病院で友達に会い、病気の話で盛り上がって一日過ごすのがいい・・・
 高齢者に身体に合った仕事やボランテァ活動を提供し、「健康」を使う政策を怠っているのは、やはり政府か。その政策の怠慢が過剰診療を増やし、医療費を押し上げ、医療だけが友達の人々をたくさん輩出している。健康意識の向上政策だけ一生懸命だが、これは裏目に出て、ますます薬漬け人間が増えていく。あわれ、日本の社会政策。利害関係者が多くて何も変えられない、一番不幸なのは、健康目的に生きる高齢者自身と、ツケを払わされる若者だ。

[2017/10/26]
どうなる自然エネルギーの国策



自然エネルギーのAPECワークショップが一昨日、東京で開かれた。主に木材ペレットの専門家が集まったが、同じバイオの分野で水素エネルギーの話も盛り込まれた。太陽光と風力の話が多い中で、「他の」自然エネルギーがどれだけ期待できるか興味がそそられた。
 ヨーロッパは、カナダなどからペレットを買い、暖炉にくべて暖をとる。だから、その需要は大きいが、日本の需要は小さい。木質ペレットは化石燃料に比較してCO2排出がきわめて少なく、クリーンエネルギーの有望株だが、日本ではまだ存在感がない。
 水素エネルギーは、しばらく前に東大名誉教授の安井至先生から、これからはCCS(石油などから炭素を地中に残して水素を取り出す)の時代が来ると、ある会合で学んでいたが、水素の生成についてはさまざまの方法があることを今回知った。ペレットからも生成できるが、家畜の糞や汚泥も資源となる。このことは、資源小国の日本にとって、大切な情報だ。
 水素エネルギーと言えば、世界に先駆けて水素カーを2014年に生産したトヨタだが、水素ガスステーションの整備が不十分で、今のところ足踏み状態。最近、経済誌がこぞってEVカー、つまり電気自動車の特集をやり、あたかも水素カーが苦戦しているように書いている。走行距離などでEVカーに勝る水素カーだが、水素ステーションなどのインフラ整備は国策によらないと難しい。
 その意味では、中国は、自然エネルギーを国策として大々的に推し進め、それこそ水素エネルギーなども下手すれば日本のお株を採られてしまうかもしれない。一時期は日本がトップだったこともある太陽光発電は、今や中国の世界におけるシェアがダントツだ。APECワークショップでは、オランダ人の研究者が「自然エネルギーの分野は、まだマーケットが熟していないので、補助金などが途切れれば需要がガタ落ちになる」と、実際にオランダの例を数字で示した。どこの国も、今の段階では、国策として支援を受けることが必須だ。
 会議に出ながら、原発再稼働を百歩譲って認めても、日本の自然エネルギー推進の国策はあまりにもスローではないかと焦りを感じる。共産国家のメリットを活かし、習近平独裁が進む中で、決断の速い中国に日本は負けていく。会場で中国人の発言を聴いていてもそう思った。
 1969年、故障のため月の一歩手前で引き返したアポロ13号が当時のアメリカの科学水準の高さ、プロジェクトへの真剣さを世界に知らしめたように、日本も、死力を尽くしてでかいスケールの科学で、世界を圧倒してほしい。宇宙太陽光発電はどうなったのだ、深海の水素化合物エネルギーはどうなったのだ、もっと現実的な課題として、水素ステーションは? 海藻エタノールは? この分野の国策は明快に、迅速に実行せよ。
 政治の世界は、またしても、何の専門性もない、選挙博打で勝ち上がってきた人々を国会に送った。希望の党の転落劇は、モラル欠如のプロセスを暴露したが、他の党も劣化している。官僚もまたこの10年の政治屋政治に飽き飽きして劣化し、一体誰がエネルギー問題を引っ張っていくのか分からない。
 国を憂えて、APECワークショップの会場を後にした。

[2017/10/23]
児童保護法制



昨日、児童保護の外国法制についてのシンポジウムに赴いた。90年代、児童行政に携わっていた頃、私は、イギリスに出張し、1989年制定の児童法を学んだ。被虐待児や養育に欠ける児童を司法手続きで保護する先進的な法律であり、当時、非常に感銘を受けた。そのイギリスを始め、今回のシンポジウムは、独、仏、米、韓国の同様な法制についてそれぞれの専門家が語った。
 日本の児童福祉法制はもともと行政中心の児童保護であるが、欧米の司法関与の強い法制を少しづつ採り入れてきた。養育不能の親の親権剥奪などはその例である。しかし、行政の第一線にある児童相談所は、裁判所の関与を必ずしも歓迎せず、「福祉の判断」を重視するきらいがある。つまり、措置権者都道府県知事のもとに保護のプロセス、内容が決められる。欧米では、裁判所が保護の内容まで決定することが多い。
 日本は、特に、立法、司法と比べて、行政権が突出していることの表れだが、児童法制については直ちに、欧米並みにすることがいいのかどうかは疑問が残る。ただ一つだけ言えるのは、日本の福祉の世界は資格の世界ではなく、専門家が少ないことだ。医療も司法も専門分野の人間が資格を持って仕事をするのに対し、福祉では、社会福祉士や児童心理士の業務独占の仕事は少ない。それでよいか、という問題はある。
 少子化対策は保育を中心として声高に言われてきたが、要保護児童対策は、重点政策になったことはない。少ない子供を一人残らず社会に送り出す政策は、少子化対策のど真ん中に位置付けるべきであろうに。
 昨日は、台風が近づいて、雨の中、衆議院選の投票日だった。しかし、誰に聞いても選挙は全く盛り上がらず、口先の公約は要らない、児童の問題を始め専門家を増やし、政治レベルで真剣に取り組める人を増やしたいと語り合った。

[2017/10/14]
Lean In



   「リーン イン」。2013年にフェイスブック最高執行責任者のシェリル・サンドバーグが書いた本である。タイトルは、前へもたれかかって進め、と女性を叱咤激励する内容だ。
 私は、ここ10数年、女性の生き方論への興味を半ば失っていた。それまでは、70年代、ウーマンリブ最高潮の時期にアメリカに留学し、名実ともにウーマンリブ人生を歩いてきた私だが、2001年、山口県副知事として、男女共同参画条例を制定したことが保守的な土壌で反感を買った。反感の論点は日本伝統社会論を基軸とする些末なものだった。
 そもそも、私は、個人の生き方としてウーマンリブであっただけで、仕事上は、国民の健康と福祉が視点であり、あえて男女共同参画に与する必要はないと考えるようになった。伝統論、文化論は時間の無駄だ。
 同時に、2000年施行の男女共同参画法の考えは、其の後、地方での条例制定を経るにしたがって、下火となり、むしろ反動を引き起こす政策として存在した。戦後から90年代まで燃え盛った「闘う男女平等論」は恐らく、ほぼ消火されたのだと思う。
 これについては、連載の欄(ウーマンリブ敗れたり)に詳述したので、ご参考賜れば幸いだ。さて。そういうわけで、サンドバーグの本は、当初、読む気がしなかった。アメリカで、しかも、民間の競争社会で上り詰めた優秀な女性が、なぜ今更女性の生き方を書くのかと訝しく思った。しかし、昨年の大統領選では、ヒラリー・クリントンは「女性」を意識した演説を繰り返していた。待てよ、ウーマンリブ発祥の地であり、日本は及びもつかないほど女性が活躍しているアメリカであるはずが、なぜ、今も、女性を「洗脳」「激励」しないといけないのかと疑問を持った。
 アメリカでも、いや、アメリカだからこそ、女性は闘い続けなければならない、歩みを止めてはいけない理由があるのだ。アメリカの男性は、日本とは比較にならないほどメイルショウビニスト(男性優越主義者)なのだ。アメリカという国は、男が強く、スーパーマンでなければ、移民や開拓ができなかった歴史があるのだから。
 ユダヤ人の普通の家庭に育ち、公立学校に通ったサンドバーグは、ハーバード大学に行き社会に出て、男女の意識の違いを気付かされる。男は強いのが称賛されるが同じ態度を持つ女性は「生意気」になる。男は自己肯定的だが女は自己否定的だ。チャンスに対して、男は能力如何に拘わらず挑む。女はチャンスを前に恐れる。
 サンドバーグは、男女の生物学的な差異を分析はしない。彼女はMBA(経営学修士)で、ベーシックな学問にはあまりこだわらない。しかし、彼女は、男女の違いの現象に、憤りを感じ、女性が抵抗や先入観をかいくぐっても前へ進むこと、リーン インを促す。
 平易な英語で読みやすい本だが、同時に、日本でも90年代まではこの種の本が平易な言葉でどれだけ書かれてきたことかと思うと、社会は変わらないと嘆いてしまう。しかし、サンドバーグはフォーブズ誌で世界を動かす女性にランクされ、資産も10億ドルを超えるとされる稼ぎ手だ。彼女の言葉には重みがあろう。このサンドバーグですら、こういう本を書かねばならないほど、女性の活躍は社会が難しくしているのだ。
 この本の出版後、サンドバーグは夫デービッドの急逝に遭う。後日、スタンフォード大学の卒業式に招かれた彼女は、いつもの確固とした演説ではなく、人生に第二の選択があるという趣旨の、夫恋しさに涙声になりながらのスピーチをした。「でも、子供がいてよかった」「仕事があってよかった」。
 アメリカですらトップの女性は「女性であるが故」の苦労をしている。ヒラリーもついに「最後のガラスの天井」を破ることができなかった。翻って、日本では小池百合子都知事も、今の情勢ではガラスの天井に阻まれている。
 だが、小池さんは、野田聖子と共に「選択制夫婦別姓」の推進者だ。これまで女性の法務大臣は何人か就任したが、これを進める勇気のある人はいなかった。希望の党の当初の公約にも入っていたのだから、野党の立場にせよ実現を図ってほしい。もっとも、踏み絵を甘んじて受けた民進党出身者は、この次の踏み絵は御免、という状況であろうが。
 日本にも、トップの一存で引き上げられる閣僚や官僚の公務の世界ではなく、サンドバーグのような、民間の競争社会で勝ち抜く女性が出てきてほしい。そして、リーン インを世に伝えてほしい。

[2017/10/09]
安倍失地、小池失速、枝野失楽園



   小池劇場のストーリーが行き詰まり、急激に観客の熱が冷めつつある。希望の党公約が失笑を買う内容であり、民進党難民キャンプから「救われた」政治難民の扱いが悪い(カネをふんだくられている)。
 守旧派都議会を悪者にして勇猛果敢に闘った都知事選とは異なり、小池さんには悪者にすべき対象がいなくなった。安倍さんは敵ではなく、憲法改正の後押しを約し、アベノミクスの批判は批判になっていない。ユリノミクスとは、定義されていないベーシックインカムの保障(国民全員に生活保護を配るらしい)、消費税を上げないで財源は、ワイズスペンディングと国有財産の売却だそうだ。「ワイズ…」とカタカナにしたのは、民主党が政権を取るときの公約「無駄遣いをやめて財源16兆8千億を捻出」と同じであることを隠すため。民主党は無駄遣いを見つけられず自ら消費税に走ったことは記憶に新しい。国有財産はこれまでも極力売却してきたが、それが国家予算の財源にならないことは百も承知だろう。
 安倍総理は、一時、解散して「しまった」と思ったが、今は胸をなでおろす。しかし、敵はむしろ足元だ。選挙は勝っても議席を減らすのは必至で、党内の安倍さんを土俵から追い出す勢力が強くなる。自民党内での失地は免れない。もう衣の下の右翼鎧は使えなくなるかも。
 第三勢力、枝野氏は、政治家としての筋を通した。サヨクは前進がない泥沼政治だが、今回見せた政治姿勢は一番いい。サヨクは零落したかと思いきや、もしかしたら、失楽園でもう一花咲かせるかも。
 民進党難民キャンプの連中は、三つに分かれた。政治理念など何もないから、昨日まで「安保法制反対」の演説をしていても、今日は「百合子のために賛成する」と言ってのける「代議士になることだけが目的」の連中。野田佳彦が拒否した「百合子の股」をくぐった恥も外聞もない多数派だ。次に、選挙に強く、百合子の軍門に下るにはプライドが許さないから無所属で闘う連中。そして民進党左派を独立させた立憲民主党の連中。
 民進党左派は、党を悪化させた一因でもあるが、今度は共産・社民と思う存分リベラル勢力を謳歌できよう。戦いの構図は、むしろ、自公対共・社・立であり、希望は土俵に上がらずに、ムードだけで票を得ようとしている。維新と共に、東京、大阪では強みを持ち、地域政党はできようが、田舎ではさほど浸透できまい。彼らの声高に主張する地方分権とは「大都市主権」のことであり、大都市の利益を主張する政党があってもおかしくはない。
 今の日本に夢や希望をもたらすのは、少なくともこんな稚拙な政治ではない。AIや自然エネルギーの研究開発がこうしている間も進み、世の中を変えていく。国会もAIが運営するときが来れば、今のような茶番は終わるであろう。
 

[2017/09/27]
あわれ、政治難民



   前原民進党代表が苦肉の策を講じると報じられている。民進党の候補者は希望の党へ行って公認をもらえ、ただ民進党に籍は残せ。それが安倍政権を終わらす方法だ、と。つまり、希望の党の名を借りて、自民党を潰せ、そして、いつか民進党に戻って来い、ということだな。
 そうでなくても、既に民進党の公認が確実の連中は民進党難民キャンプに集まり、既に希望の党の戸を叩いている。前原氏がいかに政権交代のためだと言い張っても、一人一人は「選挙に受かりたいから」だけの理由で、希望の党の切符を手にしたい。
 確かに、これまで、都議選現象は次の国政選挙の前哨戦となってきた。今回も、希望の党に入りさえすれば受かるに違いないと浮き足立ち、連中は、政策も政治モラルも考えない。安倍政権と希望の党の政策の違いは究極「脱原発」だけだ。これまで、連合の反対もあって「脱原発」を掲げられなかった連中が、連合の応援を簡単に拒絶することができるのか。
 選挙が決まる前に離党した人々は潔しと認めよう。しかし、いま、民進党難民キャンプにいる人々はあわれである。国民は、自民党の大義なき解散に呆れているが、民進党の自分の命だけが大切な「祖国を捨てた」難民にも怒りを感じるだろう。まして、小池都知事が衆議院選挙に出れば、自民の失策をも上回る失策になる可能性もある。
 政治は何でもありの世界だと言えばそうかもしれない。しかし、自力で解党すればいいだけの話ではないか。それができないからと、他人の褌で解党まがいをやろうとするのは、国民をだます方法以外の何ものでもあるまい。

[2017/09/24]
小池さんもいいけれど・・・



   10月末、総選挙が確実になった。解散選挙の大義はこれから考えるそうだ。しかし、北朝鮮の脅威が高まる中、多くの国民は、この件だけは安倍・自民党にしか任せられないと思っている。消費税引き上げや忖度政治、与野党ともにの「不倫」政治もかすんでしまう。
 その上で、大方の関心は、小池新党がどこまで伸びるかだ。新党の候補者は既に都内では一杯、埼玉などもこれに次ぐと言う。小池都知事は、日本新党の細川、維新の会の橋下、元民主党の小沢を頭に描きながら、どうしたら線香花火ではなく、勢力を持ち続ける政党ができるかを模索している。まもなく、総選挙によってその答えが出ると、新たな政治の流れができるかもしれない。
 小池さんは今を時めく人気者だが、元祖「女性初総理大臣」は、田中真紀子さんだった。一期目から大臣も務め、堂々としていて、つねに直言することを好む。時にユーモラスでもあった。その田中真紀子さんに、先日、上野駅でばったりお目にかかり、軽井沢までの道程を共にした。
 筆者が外務委員会に属していた時の委員長だったが、田中真紀子委員長の裁きは見事だった。当時野党の自民党ですら、従順に委員長に従い、ヤジの少ない委員会であった。今回新潟5区からの出馬をきっぱり断ったが、「真紀子節」は変わることなく、政情や人物評など極めて的を得た話を伺った。
 田中真紀子氏が外務大臣を更迭されたのは、氏の持つ中国人脈をアメリカが恐れたことも一因であったと思う。マスコミは人を持ち上げたり、押し潰したり、勝手に扱うが、近くで見る田中真紀子氏は、マスコミの揶揄などものともしない「女丈夫」そのものだ。しかも、女性を武器に使ったりしない。あくまで、討論力で勝負する。
 マスコミは、政治家の流行り廃りに大いに関与しているが、稲田朋美さんや山尾しおりさんの後に流行りの女性を作り上げるのではなく、むしろ実力を持つ人を再評価してほしい。

[2017/09/13]
金銭よりも服



   先週、インドで貧しい村に所得創出活動を行ったアンシュ・グプタ氏の話を聴く機会を得た。グプタ氏は、「衣服の男(man of clothing)」と呼ばれていて、社会事業家としての国際的な最高賞、マグサイサイ賞を受賞している。
  グプタ氏は、ある時乞食が近づいてきて、お金ではなく着るものを下さいと言った一言に、ひらめきを覚えた。乞食は寒くて死にそうだった。そうか、金も食べ物も住む家もない人は服もないのだ、と。
 当たり前と言えば当たり前だが、若い頃、インド・ユニセフに出向して開発援助の仕事をしていた私も認識していなかった。グプタ氏は、早速、都市部などから古着を集め、服を提供する一方、その布を使って、バッグやサニタリー用品を作る事業を起こした。このことが貧しい村に所得をもたらすようになったのである。
 ユニセフ時代、私も、所得創出活動(income generating activities)は、開発援助の手法のひとつとして勤しんだ。織物づくりや、ヤギを与えて増やしていくことや、些かの所得をもたらし、女性はそれを子供の教育に使おうと必死になった。ただし、これらは織機やヤギ数頭など投資が必要で、所得を得たら、それを返還していかねばならない。
 グプタ氏は、古着というタダの「資源」を使い、貧しい人々が投資する必要のない手法を取った。ここが彼の優れた素質を語る。「チャリティでなはい、起業だ」。彼の信念が事業を成功させた。そして、彼は、村人の変化を遂げた姿を写真で示した。裸だった子供が服を着ることによって、貧困に落ち込む姿から夢持つ少年の姿に変わった。ぼろをまとう初老の男は、きちんとした服を着ることによって、見下げられた状況から、仕事を頼める男に変わった。
 貧困救済を金や食べ物ではなく、衣服から始めたというのは、方法論でのイノベーションだ。また、チャリティではなく、自分で稼ぐシステムを作ったのもイノベーションだ。私は、グプタ氏の話に感動した。イノベーションは、科学の世界で新たな発見をすることだけではない、身近な方法論の改革もまたイノベーションなのだと知った瞬間だった。

[2017/09/09]
保育所落ちた、山尾も落ちた



   党首選後にまるで仕掛けられたような山尾氏の不倫報道。民進党が自浄できないで5年、マスコミが親切かお節介か分からぬが、自然解党を仕掛けたとみるのも一興。
 政治とは不倫をすることなり、は昨今の状況だが、山尾氏の失脚は、他の不倫議員とは意味が異なり、むしろ豊田真由子の失脚に近い。それは、男性社会で成功してきた人物だからである。今井絵理子のように男に頼らねば生きていけないから、不倫に至ったのではない。
 山尾氏も豊田氏も試験制度を突破し、確固とした職業生活を送った上で、政治に出てきた。当然に、人より多く勉強した人間は、勉強不足の多い国会議員の中では「使いもの」になってきた。それは男性ならば好ましいことだが、残念ながら、今の世になっても、女性の場合は手放しで称賛されない。
 フェイスブックのCOO(最高責任者)である女性シェリル・サンドバーグがそれを指摘している。「女性は仕事ができても、服装や態度が常に問題とされる」。全米トップクラスの成功者であるサンドバーグが著書「リーン・イン」の中で、女性の社会的活躍には、伝統的な価値感や男女を問わずの嫉妬などが足元をすくうと警告している。
 周囲にその動きがあることを知らないまま、自分の成功に慢心してしまったのが、山尾氏であり、豊田氏なのだ。周囲のモグラたちは機会あれば彼女らを引きずりおろしたいと思っていたのだ。知らぬは本人ばかり、まさに世間知らずの試験秀才の哀しさと言えよう。
 国会議員の学歴で一番多いのが、実は東大である。しかし、女性の東大卒は極めて少ない。東大は、男性にとっては好ましい学歴だが、女性にとってはそうではない。女性はキャスターや地方アナウンサーなどが好まれ、優しく美しいイメージで、実際に選挙に強い。彼女らが「子供のため、女性のため」と言えば、だいたい、票は集まる。
 有権者が議員を選ぶ基準は男女で異なるのだ。いいとか悪いではない、人間には生物的な反応だってある。それでも、サンドバーグは言う。前に積極的に進め、と。しかし、それは「リーン・イン」、つまり、もたれかかって背をかがめて進んでいくことであり、山尾氏や豊田氏がこれまでやって来たように、堂々と風を切って歩いていたのでは、潰されるだけだ。
 二人に老婆の助言をしよう。議員を辞め、山尾さんは弁護士を、豊田さんは外資系の会社でリーン・インし、キャリアをやり直すことだ。二人とも若いから、その上で、政治に戻ってきたらいい。民間の経験は、リーン・インの方法をしっかり教えてくれるだろう。官僚出身で、幾度も選挙に敗れた私が、今、まぶしく思うのは、民間で転職をしながらも、確固と自分を築き上げた女性の友人だからである。



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