元衆議院議員(茨城県第6区)[無所属]大泉ひろ子オフィシャルサイト
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日々雑感
[2017/02/27]
中東の女性



 一昨日、中東で活躍する女性の講話を聴く機会があった。その中で印象的だったのは、「中東の女性は、家の中のお母さんとしての地位が高い」ということだ。家の中では、お母さんを助け、お母さんを尊敬している。
 中東の女性と言えば、多くは、イスラム教徒の女性を思い浮かべる。チャドルを被り、そうでなくてもスカーフを被り、男性と一緒でなければ外出できず、教育も公職も制限され、姦淫は厳罰だ。国によって温度差はあるが、概ね、不自由で、人権を侵害された女性の代表格として語られている。
 その裏返しが「母性信仰」なのは頷ける。母とならねば一人前ではなく、母は家を支配するが、家の一歩外を出ると、ただの性的対象になる。アメリカ人の女性に訊いた話では、サウジで普通の恰好をして独り街を歩いたら、あちこちで男の手が伸びてきて酷い目に遭ったと言う。
 イスラム圏だけでなく、かつては、多くの地域で女性は不便を感じて生きてきた。40年前にメキシコのバスに乗って、当時のメキシコらしく、夜間バスが故障して車内が真っ暗になると、どこからともなく男の手が伸びてきた。また、30年前、インドで映画館に独りで入ったら、観客は全員男で、私は、じろじろ見られた。映画どころではなく、早々と出てきてしまった。
 多くの地域で、社会の成熟とともに女性は自由を獲得してきた。遅れていたカトリック圏も変わってきた。現在、取り残されたのは、イスラム圏とアフリカであろう。そこは、男たちが血で血を洗う紛争を繰り広げている。母ではなく「女」の政治参加があれば、もしかしたら、状況は一変するかもしれないと期待を抱く。
 翻って、日本女性は、今も社会進出の国際順位が百位以下だが、多くの自由を獲得している。教育も、職業も、配偶者選びも、だ。その自由をもっとうまく使えるように、そして、欲を出して、歴史的に捨てたか忘れたかの「母性」をもうまく自分の価値にすると、社会は変わる。子を産めない男たちは母性を持つことはできない、その男たちのすさんだ社会を救ってやれるのは、やはり女なのだから。
 老婆の言葉になってしまったが、母性あれば少子化を些かでも覆せる。
 

[2017/02/24]
国連女性の地位委員会に向けて



 来たる三月、国連女性の地位委員会にNGOの御招待で参加するため、そろそろ準備をしなければと思い始めたが、男女共同参画の歴史を振り返ると、日本が、女性の社会進出に成功していない理由が多く思い出される。芳しい分野ではない。
 国連主催の世界女性会議は、1975年のメキシコに始まり、デンマーク、ケニア、北京の4回は、日本のマスコミは大きく取り上げてきたが、その後の活動は、日本の男女共同参画政策の低迷と相俟って、あまり騒がれなくなった。他の分野と同様に、日本は先進国に追い付き追い越せをやって来たが、残念ながら、女性の社会進出に関しては、未だ追いつくことのできない結果になっている。
 90年代、男女共同参画が勢いを持っていた頃、「女性にできないことはない」の理屈に加えて、「男性が家事子育てをやらない、セクハラをする」という男性攻撃の趣旨も多く含んでいた。ひいては、その男性の在り方が少子化現象をもたらしたとの説明までされていた。
 現実には、それは正しくない。データ分析でそういう結果は出ていなし、現在の常識では、学歴の上がった女性と釣り合う男性の数が相対的に減って、結婚できなくなったのが少子化の原因だ。男性の習性を変えることに期待しても、それが少子化や社会構造に影響を与える度合いは少ない。
 やはり、男女共同参画という考え方はイデオロギーが先行して、女性の社会進出にはそれほど役立ってこなかったのではないか。日本の特徴をもう一度考え直してみる必要がある。日本女性で活躍目覚ましいのは、キャスターのような人の目に写る派手な分野出身の人である。医師・弁護士のような資格を要する職業の女性も増えたが、その伝統分野では、なかなか頭角を現せない。世の中に躍り出る可能性の高さから、優秀な女性が目指すのはキャスターやアナウンサーだ。
 これに対して、アメリカでは、ヒラリー・クリントン、ジャネット・イエレン(FRB総裁=中央銀行総裁に該当)、シェリル・サンドバーグ(フェイスブックCOO最高執行責任者)などハーバードやイェールで成績優秀を修め、社会のキャリアラダーを上り詰めてきた人々は地味な職業生活から出てきた。それはとりもなおさず、女性のすそ野が広いことを意味する。日本女性も美貌とセットの派手な職業ではなく、もっと地道な職業を選び、すそ野を広くしてほしい。
 何よりも重要なのは、トップの女性づくりよりも、女性の多い職場、保育所、病院、介護施設で働く女性の処遇改善だろう。女性の社会進出というとき、トップの女性を象徴的につくるのだけが仕事ではない。すそ野の足腰の強い女性の集団を作っていくことが最も求められている。
 そして、もうひとつ。女性の社会進出と少子化を下手に結び付けないことだ。少子化は少子化で別の手を打つべきである。
 
 
 

[2017/02/21]
こういう見方もある



 昨日、都内某所で、村田光平元スイス大使の「世界の政治は母性文明に移行する」という趣旨の話を聴く機会があった。村田氏は、父性文化と母性文化の例を多く挙げ、父性文化である軍国主義と経済至上主義が破局をもたらし、生命重視の母性文化による政治に代わると説明。その流れはオバマが作ったとのこと。
 間違ってはいない。学問的手法ではなく、世界を歩いた教養人としての外交官人生から得た結論であろう。この話を聞いて、外交官OBにもさまざまな方がいると改めて思った。保守論客の宮家邦彦、岡本行夫から、革新論客の孫崎享まで、ビジネス界とは少し離れたところで政治社会を考察する恵まれた経歴を活かしての人材だ。
 村田氏は、因みに核廃絶論者であり、そのベースの哲学に母性文化を充てた。母性文化はイコール女性文化ではないとしながらも、女性が多い「環境保護、核廃絶」の市民活動に資する考え方だ。村田氏の予言する方向に行くかどうかは定かではないが、父性的な(エスタブリッシュメント的な)ヒラリーが敗れ、母性的な(保護主義的な)トランプが勝って、そのものの見方は、示唆的ではある。
 村田氏の「学問」は強いて分類するならば、国際比較文化論に該当する。筆者が、オーストラリアで国際関係を勉強している頃、アジア経済危機、アジアの紛争、国際関係理論以外に、国際文化比較論「国際政治における倫理と文化」のクラスも採った。こういう内容は何故か女性の研究者が多く、残念ながら、最も面白くなかった。
 それは、あたかも、マーガレット・ミードの文化人類学が実証なき学問として評価が落ちたように、社会科学としての手法に疑問を感じてならない分野であった。定性的な観察結果を理論と称し、「日本は、ドイツのようなキリスト教国と異なり、戦争の謝罪ができない国である」と結論した。私は、その結論にクレームしているのではない、学問の手法がどこにあるのかと疑問を呈しているのである。
 話を戻すと、日本が母性文化の国(母系社会)であることは認められた事実である。千年以上の通婚社会、父系母所の子育ては揺るがざる証拠である。しかし、母系社会に母系文化の政治社会が現れるかどうか、もっとデータ収集と研究をする必要があろう。
 

[2017/02/18]
ヒラリーの今後、そして・・・



 米民主党の大統領候補指名競争でオバマに敗れ、8年間待ったヒラリー・クリントンは「今度こそ、女性大統領」と信じたであろう。敗者の弁で気丈に語ったヒラリーは、若い女性に向かって自分に続くよう促す言葉で結んだ。
 キャンペーン中、何度も使った「ガラスの天井」。ヒラリーはついに最後の天井を破れなかった。米国の歴史にその名を「初の女性大統領」として残すことはできなかった。
 8年前のヒラリーは「次」を目指して、国務長官(外務大臣)の職を勤め上げた。しかし、ここでヒラリーは個人メールを使って発信したことが大きなマイナスになった。弁護士ヒラリーが何故そんな基本的な過ちを犯したのか。
 ヒラリーは、若き日に子供の権利を守る弁護士として活躍し、夫のアーカンソー知事選を助け、夫の不倫をも庇い、クリントン大統領の下で医療保険制度を作ろうとした(失敗に終わる)。名実ともに優れたキャリアウーマンであり、ウーマンリブの先頭に立ってきた。だが、今や、キャリアウーマンもウーマンリブも旧価値に属し、女性を鼓舞する言葉ではない。
 ヒラリーがさすがに4年後を目指すことはないだろう。なぜなら、ダークホースのトランプが選ばれた理由がヒラリーにあることを彼女自身も認識したからだ。人々は「ヒラリーでない人」を選んだのだ。大量の資金を集め、常に人の上に立ってきた姿勢を崩さなかったヒラリーは人々の心から外れていた。キャンペーン前に出版した「困難な時」などの著書は、国務長官時代の出来事の羅列で、退屈な内容だ。心を打たない。
 1970年代、ビル・クリントンと共に、大学のキャンパスで撮った写真のヒラリーは今とはまったく違う。ひっつめ髪にズボン姿。化粧はない。そう、同じころ、アメリカの大学のキャンパスにいた私もヒラリーと同じ格好をしていた。ついでに言えば、ビルはヒッピーのように髪を伸ばし、そのころの男子学生そのままだった。
 なりふり構わずに、弁護士になるために勉強していたヒラリーが、やがて、政治家の夫のためでもあるが、金髪に染め、化粧と派手な服で自分を変えた。そして「受ける立ち居振る舞い」「受ける話しぶり」を身に着けるうちに本来の質素なヒラリーの姿は失われた。いつしか仮の姿の本人が本物になっていった。
 私は、ヒラリーが今後どうするかを見守りたい。ヒラリーの気持ちの少しを私も共有するからである。思い切って官僚を辞め、衆議院議員は一期で終わり、人口23万の首長選にも敗れた。ヒラリーとは比べ物にならないが、同世代の女性として、1970年代の原点に返り、新しい価値を創造したい。
 蛇足だが、もしかしたら日本のヒラリーになるかもしれなかった元検事で弁護士であった佐藤欣子さんのことを書く。最近ひょんなことから、74歳で亡くなって8年余になる欣子さんの思い出話をする機会があった。欣子さんは、1980年代は、間違いなく「日本をリードする5人の女性」に入っていた。しかし、中曽根総理のバックにも拘らず、1989年の参議院選挙に落選し、欣子さんは二度と政治を目指すことはなかった。
 欣子さんの無念の思いを私は深夜にかかってくる電話でいやというほど聞いた。欣子さんは、もしかしたら総理を目指したかもしれない女性だった。東大法学部時代は、ヒラリーと同じく、同じ服で勉強ばかりしていたそうだ。その後の欣子さんは、反動的に、外見にこだわり、化粧や服装が派手であった。保守の論客で強面の議論をする欣子さんは決して女性の人気者ではなかった。ヒラリーと重なるところがあり、それをきっかけに欣子さんを思い出したので、ここで哀悼の意を表したい。
 アメリカは女性の社会進出層が厚いが、日本は極めて薄い。21世紀の新たな価値創造に、再び、これまでとは異なる女性の社会進出の在り方を課題とすべきである。
 
 

[2017/02/16]
国際関係論が書き換えられる日



 昨日、都内某所の勉強会で、改めて民主主義という価値の創出の歴史とキリスト教文化圏によって説明される「我々の世界」を辿った。民主主義の歴史にアジアは登場しない。
 国際関係の理論は、ツキュディデスとカントの古典から始まる。現代はモルゲンソーやウォルツが必須の教科書だ。10年余前、2度の国政選挙に敗れオーストラリア国立大学大学院で勉強していた頃、「中国の台頭は、国際関係論を塗り替えるだろう」と予言されていたが、果たして、何も変わっていない。
 孫子の兵法が必読書に挙げられることはないし、中国からその中華思想を覇権主義の理論として登場させる試みもない。だとすれば、国際関係論という学問は永遠に西洋史をベースにした世界の理解に終わるのか。既存の理論を当てはめて中国などを理解することになるのか。
 国際関係論の理論は自然科学に比べれば脆弱だ。いや、無いに等しい。月面着陸するのに、精査した計算を使い、理論値通りに到達させる。これに対して、社会科学の方法論は、データと数学を最も使う経済学でも、理論値が当たった例がない。つまり、理論とは言いつつ、定性的な評論に堕しているのだ。いわんや国際関係論においてをや、である。
 フランス革命やアメリカ独立戦争を経て、民主主義という価値を世界に広めてきた西洋史的発想によれば、アジアの世界は政治社会的に遅れている。しかし、現実の世界は、人口規模からみても、生産消費の規模からみても、アジアが主張する時代が訪れている。そのアジアが世界にものが言えないのは、もしかすると政治のせいばかりでなく、学問の勢力が弱いからではないか。日本も、自然科学でのノーベル賞は増えたが、世界を席巻する社会科学者は現れていない。
 戦前は東洋・アジアを勉強するのは右翼だったが、現在はアジアを強調するのは左翼になった。この現象は、学問の基盤の弱さを露呈しているにすぎないと思う。学問や理論を欠く政治は瓦解する。だから、我が国も「もっと学問を」。
 
 
 

[2017/02/13]
科学と芸術



 昨日、「滝夜叉姫伝説」(冠木新一プロデューサー)を観劇した。千年前、平将門の遺児滝夜叉姫が抱く仇討の念と部下の恩讐にまつわる地元の伝説を劇化した内容だ。滝夜叉姫は、部下の子孫に父から授かった埋蔵金の地図を脅し取られてしまう物語である。出演者は桜川芸者学校の方々で舞を中心に見せるプロデュースである。
 先週は科学会合で、科学の政策応用について考え続けたが、芸術の伝えるメッセージは、科学と真逆で、見る人によってとらえ方が全く異なる。この劇に関して言えば、伝説は口から口へと伝えられていくため、そのたびに主観が入って、元の話とはかけ離れたものとなっていく。恩讐という、心にある見えないものの現れをいかに解釈するか、それは見る人の自由だ。自分の人生に当てはめて答えを出すのである。
 恩と讐のあざなえる人生に一応の決着をつけ、地平線の彼方にある真実を追い求める科学という方法に私は賭けている。究極、科学の真実は一つであり、その一つに収束させる過程にいつも置かれている。ニュートン力学が否定され、アインシュタインの相対性理論も絶対ではなく、あるはずと言われたヒッグズ粒子も確認できない。しかし、一つの真実に近いところでみなぐるぐる回っている。芸術のように人々の思いが拡散することはない。
 芸術に対する理解の浅さを露呈してしまった。今回の劇の終わりに観劇者も招じ入れ舞の輪が作られた。日本の舞は、華麗な衣装でゆったりとした動きの農耕社会文化。太極拳のバリエーションにも思える。対して、西洋のバレーは激しい動きでプロしか踊れない。狩猟社会では、突出した技術を磨くことが尊敬され、プロを生み出していった。そのことが科学の発展にもつながったと考える。
 農耕社会は狩猟社会の科学の発展にかなわぬだろうか。芸術に疎い人間が観劇中に、日本の科学基盤の脆弱性を憂えるというとんでもないことをしていた。
 

[2017/02/10]
健康は経済に優先する



 既にこの欄で、韓国で行われた科学者会議の講演者中村修二(青色LED)、デニス・メドウ(成長の限界著者、ローマクラブ)について書いたが、今回は、2008年ノーベル生理学・医学賞を受賞したHIV(エイズウィルス)の発見者リュック・モンタニエ博士の講演について書く。
 HIVの発見は、もう一人、米国メリーランド大学のロバート・ギャロ博士との間で、どちらが先か、どちらが貢献したかで争いがあった。結局1983年、ギャロより1年早く発見したモンタニエが受賞することになったのだが、分子生物学上の功績はギャロにもあった。
 ノーベル賞は偉大であり、ある意味では政治的意味も持つことはこの争いでも分かる。フランスとアメリカが国を挙げて争ったのである。受賞して晴の舞台に乗る場面は華麗だが、水面下ではさまざまの問題がある。日本でも、90年代、ノーベル経済学賞確実と言われた森嶋通夫は、ノーベル賞の選考基準が理論よりも応用重視に変わったことによって受賞を逃したと言われる。
 さて。モンタニエ博士は非常に穏やかな話しぶりで、フランス人の英語にしては分かり易かった。以下、要点を記する。
 人類は35億年の生物進化の過程で、環境と闘うDNAの遺伝子記憶を持っている。直近1万年は人類が文字などによって遺伝子記憶を残してきた。今、健康の問題は、エイジング、慢性病、突発的出来事、グローバリゼーションに挑戦している。
 癌や心臓病などの慢性病の病理因子はDNAの酸化ストレスであることが分かってきた。その医学への応用は、癌、自閉症、パーキンソン病、ALS、リューマチについて、抗生物セラピー、抗酸化、免疫強化などの治療法が開発されている。
 ワクチンの効果は専門家の間で疑問視される分野があり、ワクチンの引き起こす医療事故も認識される中で、いくつかの予防法を勧めたい。風邪などに感染している乳児のワクチン投与を遅らせること、妊婦と乳児はできるだけ放射線を避けること、解熱鎮痛剤を使わないことである。
 最後に、モンタニエ博士は、「健康は経済に優先する」を強調した。政策決定者に対する提言でもあり、人々に対する忠告でもある。
 最後の提言は、日本の医療財政では難しいところもある。どこの先進国でも、誰もが最高の治療を受けることは難しいだろう。しかし、病理のメカニズムを知って、たとえば抗酸化の食品を摂るなど予防は個人の行動次第である。
 ワクチンについては、子宮頸癌ワクチンの副作用問題が広く認識されているが、数年前、国や地方公共団体に子宮頸癌ワクチンを予算化しろと声を荒げた人々は現在沈黙している。そもそも中学3年の女子にワクチンを投与するより若年化する性行動を抑制する方法を考えるべきだったのではないか。医学や環境学は、学問の成果や論理が定着していない段階で、政治的道具に使うべきでない。モンタニエ博士のプレゼンは、健康は経済より優先すべきもわかるが、「真実を分かって行動すべき」ことも教えたと思う。 

[2017/02/09]
日中韓三国協力事務局



 2011年、ソウルに設置された日中韓三国事務局の梅沢次長にお会いする機会を得た。次長は外務省からの出向である。
 トランプ大統領がTPP離脱を決めてから、アジアの自由貿易の枠組みは振り出しに戻った。日本はアメリカとともにTPPにイニシアチブを取らせるつもりであったが、中国はRCEP(東アジア地域包括的連携経済組織)にイニシアチブをとらせようとしていた。RCEPはASEAN+日中韓+インド・オーストラリア・ニュージーランドの16か国の枠組みである。
 日本でも、これまでTPPに反対していた論者はRCEPを主張する人が多かったが、その基本になる日中韓関係の調整をしているのが日中韓三国協力事務局である。三国の首脳会談や外相会談を実現させるのが任務である。現在は、トランプの出方や、日韓の少女像問題や、中韓のサード問題などが東アジア政治を難しくしている。
 梅沢次長曰く、それでも、韓国の民間人の対日感情は悪くない。確かに、いつも私が韓国に行くときは日韓関係が良くないが、決して不快な目に遭ったことはない。中国でも同じ経験をしている。だから、日中韓三国協力事務局としては、政府間交渉ばかりでなく民間交流を量的に拡大したいであろう。
 しかし、次長とともに会った韓国の大学で教える日本人学者によると、「朝鮮半島の研究者は日本でのポストが少なく、したがって、日本の学者はもっとポストの多い地域研究に回る」という現実問題を聞いた。このままだと隣国の研究が進まない。アメリカとメキシコの間に壁を作るようなロジックに至らぬよう、東アジアを知る日本人を大量に増やすべきだろう。
 イギリスがEUを離脱し、アメリカがNAFTAの見直しを予告しているのとは反対に、アジアでは、RCEPが動き出し、ブロック経済化を目指すはずだ。また、日本の経済界では、AIIB(中国が中心のアジアインフラ投資銀行)に参加すべきという声も次第に多くなっている。
 アメリカは従来、アジアの巨大な市場をリードしようと、TPPを主導し、AIIBに参加せず、アジア危機時代に日本が提唱したアジア版IMFも潰してきたが、果たして、モンロー主義のトランプはどう出てくるのか。本日、安倍首相は日米首脳会談に旅立つ。大変な岐路が待つ。
 

[2017/02/08]
成長の限界



 1972年、ローマクラブと名乗る16人の学者が「成長の限界」の本を著し、指数的に伸びる人口の抑制をしなければ、公害や食糧難で100年後の地球は破滅すると警告した。
 その学者の筆頭がデニス・メドウである。この本を書いたときには若干30歳で、今70歳台半ば、米国ニューハンプシャー大学の教授である。そのメドウ先生のレクチャーを聴いた。
 先生の地球への危機感は45年前に提起した時と変わっていなかった。科学の進歩で公害を解決し農業の生産性を格段に上げてきたけれども、二酸化炭素の問題を例に、真実の「持続する成長」に対して、先生は懐疑的であった。
 1970年代、世界を震撼させた、先生が代表するローマクラブの報告は今では過去のものになっているが、過去の考え方の上に立って、世界が地球の新たな処方箋を描くところまで来ていない。ローマクラブの考えは環境ラディカルのスローガンにはなったものの、論理は必ずしも実証されていない。私はここのところをメドウ先生に訊きたかったが、確たる発言はなかった。
 それでも、一世を風靡したメドウ先生に、私は、40年以上前に読んだ先生の著書「The limits to growth」(成長の限界)にサインをしてもらった。本棚で40年以上も眠っていた茶色になった本が急に生き返った。

[2017/02/07]
中村修二先生、意気軒昂



 2014年青色LEDの発明でノーベル物理学賞を受賞した中村修二先生の熱弁をお聞きした。それはそれは迫力あるレクチャーで、LEDがエネルギー資源の節約になるばかりではなく、熱を出さないメリットを活かしての農産物の栽培、近眼治療など健康への応用、開発途上国の教育への貢献に大いに活用されている事実を知った。
 にもかかわらず、日本では、アメリカに比べLEDの応用と普及が遅れている。日本人の科学者が先鞭をつけた発明に、日本はもっと強欲になるべきだろう。
 そして気になるのが、中村先生自身が話す「異分子を嫌う日本」の問題。先生は怒りが研究のエネルギーだと言う。文科省もマスコミも先生を科学者としてよりも「技術者」「商品開発者」として紹介する傾向を私も知っている。しかし、先生はまことに科学者だ。真実の地平線を見ながらそれに近づく姿勢を私は間近に見た。精悍な顔ときびきび動く肢体、ユーモアとロジックの明快さ。次のノーベル賞もありうる。
 日本はこういう科学者を大切にすべきだ。東大や京大の出身でなければダメ、ネイチャー等に投稿していなければダメというような基準は、最近のノーベル賞受賞者を見ても合わなくなっている。また、ネイチャーに華々しくデビューしたスタップ細胞事件も記憶に生々しい。
 私は、中村先生を応援し続ける。



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