元衆議院議員(茨城県第6区)[無所属]大泉ひろ子オフィシャルサイト -大泉ひろこの徒然草(つれづれぐさ)-
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日々雑感
[2017/10/14]
Lean In



   「リーン イン」。2013年にフェイスブック最高執行責任者のシェリル・サンドバーグが書いた本である。タイトルは、前へもたれかかって進め、と女性を叱咤激励する内容だ。
 私は、ここ10数年、女性の生き方論への興味を半ば失っていた。それまでは、70年代、ウーマンリブ最高潮の時期にアメリカに留学し、名実ともにウーマンリブ人生を歩いてきた私だが、2001年、山口県副知事として、男女共同参画条例を制定したことが保守的な土壌で反感を買った。反感の論点は日本伝統社会論を基軸とする些末なものだった。
 そもそも、私は、個人の生き方としてウーマンリブであっただけで、仕事上は、国民の健康と福祉が視点であり、あえて男女共同参画に与する必要はないと考えるようになった。伝統論、文化論は時間の無駄だ。
 同時に、2000年施行の男女共同参画法の考えは、其の後、地方での条例制定を経るにしたがって、下火となり、むしろ反動を引き起こす政策として存在した。戦後から90年代まで燃え盛った「闘う男女平等論」は恐らく、ほぼ消火されたのだと思う。
 これについては、連載の欄(ウーマンリブ敗れたり)に詳述したので、ご参考賜れば幸いだ。さて。そういうわけで、サンドバーグの本は、当初、読む気がしなかった。アメリカで、しかも、民間の競争社会で上り詰めた優秀な女性が、なぜ今更女性の生き方を書くのかと訝しく思った。しかし、昨年の大統領選では、ヒラリー・クリントンは「女性」を意識した演説を繰り返していた。待てよ、ウーマンリブ発祥の地であり、日本は及びもつかないほど女性が活躍しているアメリカであるはずが、なぜ、今も、女性を「洗脳」「激励」しないといけないのかと疑問を持った。
 アメリカでも、いや、アメリカだからこそ、女性は闘い続けなければならない、歩みを止めてはいけない理由があるのだ。アメリカの男性は、日本とは比較にならないほどメイルショウビニスト(男性優越主義者)なのだ。アメリカという国は、男が強く、スーパーマンでなければ、移民や開拓ができなかった歴史があるのだから。
 ユダヤ人の普通の家庭に育ち、公立学校に通ったサンドバーグは、ハーバード大学に行き社会に出て、男女の意識の違いを気付かされる。男は強いのが称賛されるが同じ態度を持つ女性は「生意気」になる。男は自己肯定的だが女は自己否定的だ。チャンスに対して、男は能力如何に拘わらず挑む。女はチャンスを前に恐れる。
 サンドバーグは、男女の生物学的な差異を分析はしない。彼女はMBA(経営学修士)で、ベーシックな学問にはあまりこだわらない。しかし、彼女は、男女の違いの現象に、憤りを感じ、女性が抵抗や先入観をかいくぐっても前へ進むこと、リーン インを促す。
 平易な英語で読みやすい本だが、同時に、日本でも90年代まではこの種の本が平易な言葉でどれだけ書かれてきたことかと思うと、社会は変わらないと嘆いてしまう。しかし、サンドバーグはフォーブズ誌で世界を動かす女性にランクされ、資産も10億ドルを超えるとされる稼ぎ手だ。彼女の言葉には重みがあろう。このサンドバーグですら、こういう本を書かねばならないほど、女性の活躍は社会が難しくしているのだ。
 この本の出版後、サンドバーグは夫デービッドの急逝に遭う。後日、スタンフォード大学の卒業式に招かれた彼女は、いつもの確固とした演説ではなく、人生に第二の選択があるという趣旨の、夫恋しさに涙声になりながらのスピーチをした。「でも、子供がいてよかった」「仕事があってよかった」。
 アメリカですらトップの女性は「女性であるが故」の苦労をしている。ヒラリーもついに「最後のガラスの天井」を破ることができなかった。翻って、日本では小池百合子都知事も、今の情勢ではガラスの天井に阻まれている。
 だが、小池さんは、野田聖子と共に「選択制夫婦別姓」の推進者だ。これまで女性の法務大臣は何人か就任したが、これを進める勇気のある人はいなかった。希望の党の当初の公約にも入っていたのだから、野党の立場にせよ実現を図ってほしい。もっとも、踏み絵を甘んじて受けた民進党出身者は、この次の踏み絵は御免、という状況であろうが。
 日本にも、トップの一存で引き上げられる閣僚や官僚の公務の世界ではなく、サンドバーグのような、民間の競争社会で勝ち抜く女性が出てきてほしい。そして、リーン インを世に伝えてほしい。

[2017/10/09]
安倍失地、小池失速、枝野失楽園



   小池劇場のストーリーが行き詰まり、急激に観客の熱が冷めつつある。希望の党公約が失笑を買う内容であり、民進党難民キャンプから「救われた」政治難民の扱いが悪い(カネをふんだくられている)。
 守旧派都議会を悪者にして勇猛果敢に闘った都知事選とは異なり、小池さんには悪者にすべき対象がいなくなった。安倍さんは敵ではなく、憲法改正の後押しを約し、アベノミクスの批判は批判になっていない。ユリノミクスとは、定義されていないベーシックインカムの保障(国民全員に生活保護を配るらしい)、消費税を上げないで財源は、ワイズスペンディングと国有財産の売却だそうだ。「ワイズ…」とカタカナにしたのは、民主党が政権を取るときの公約「無駄遣いをやめて財源16兆8千億を捻出」と同じであることを隠すため。民主党は無駄遣いを見つけられず自ら消費税に走ったことは記憶に新しい。国有財産はこれまでも極力売却してきたが、それが国家予算の財源にならないことは百も承知だろう。
 安倍総理は、一時、解散して「しまった」と思ったが、今は胸をなでおろす。しかし、敵はむしろ足元だ。選挙は勝っても議席を減らすのは必至で、党内の安倍さんを土俵から追い出す勢力が強くなる。自民党内での失地は免れない。もう衣の下の右翼鎧は使えなくなるかも。
 第三勢力、枝野氏は、政治家としての筋を通した。サヨクは前進がない泥沼政治だが、今回見せた政治姿勢は一番いい。サヨクは零落したかと思いきや、もしかしたら、失楽園でもう一花咲かせるかも。
 民進党難民キャンプの連中は、三つに分かれた。政治理念など何もないから、昨日まで「安保法制反対」の演説をしていても、今日は「百合子のために賛成する」と言ってのける「代議士になることだけが目的」の連中。野田佳彦が拒否した「百合子の股」をくぐった恥も外聞もない多数派だ。次に、選挙に強く、百合子の軍門に下るにはプライドが許さないから無所属で闘う連中。そして民進党左派を独立させた立憲民主党の連中。
 民進党左派は、党を悪化させた一因でもあるが、今度は共産・社民と思う存分リベラル勢力を謳歌できよう。戦いの構図は、むしろ、自公対共・社・立であり、希望は土俵に上がらずに、ムードだけで票を得ようとしている。維新と共に、東京、大阪では強みを持ち、地域政党はできようが、田舎ではさほど浸透できまい。彼らの声高に主張する地方分権とは「大都市主権」のことであり、大都市の利益を主張する政党があってもおかしくはない。
 今の日本に夢や希望をもたらすのは、少なくともこんな稚拙な政治ではない。AIや自然エネルギーの研究開発がこうしている間も進み、世の中を変えていく。国会もAIが運営するときが来れば、今のような茶番は終わるであろう。
 

[2017/09/27]
あわれ、政治難民



   前原民進党代表が苦肉の策を講じると報じられている。民進党の候補者は希望の党へ行って公認をもらえ、ただ民進党に籍は残せ。それが安倍政権を終わらす方法だ、と。つまり、希望の党の名を借りて、自民党を潰せ、そして、いつか民進党に戻って来い、ということだな。
 そうでなくても、既に民進党の公認が確実の連中は民進党難民キャンプに集まり、既に希望の党の戸を叩いている。前原氏がいかに政権交代のためだと言い張っても、一人一人は「選挙に受かりたいから」だけの理由で、希望の党の切符を手にしたい。
 確かに、これまで、都議選現象は次の国政選挙の前哨戦となってきた。今回も、希望の党に入りさえすれば受かるに違いないと浮き足立ち、連中は、政策も政治モラルも考えない。安倍政権と希望の党の政策の違いは究極「脱原発」だけだ。これまで、連合の反対もあって「脱原発」を掲げられなかった連中が、連合の応援を簡単に拒絶することができるのか。
 選挙が決まる前に離党した人々は潔しと認めよう。しかし、いま、民進党難民キャンプにいる人々はあわれである。国民は、自民党の大義なき解散に呆れているが、民進党の自分の命だけが大切な「祖国を捨てた」難民にも怒りを感じるだろう。まして、小池都知事が衆議院選挙に出れば、自民の失策をも上回る失策になる可能性もある。
 政治は何でもありの世界だと言えばそうかもしれない。しかし、自力で解党すればいいだけの話ではないか。それができないからと、他人の褌で解党まがいをやろうとするのは、国民をだます方法以外の何ものでもあるまい。

[2017/09/24]
小池さんもいいけれど・・・



   10月末、総選挙が確実になった。解散選挙の大義はこれから考えるそうだ。しかし、北朝鮮の脅威が高まる中、多くの国民は、この件だけは安倍・自民党にしか任せられないと思っている。消費税引き上げや忖度政治、与野党ともにの「不倫」政治もかすんでしまう。
 その上で、大方の関心は、小池新党がどこまで伸びるかだ。新党の候補者は既に都内では一杯、埼玉などもこれに次ぐと言う。小池都知事は、日本新党の細川、維新の会の橋下、元民主党の小沢を頭に描きながら、どうしたら線香花火ではなく、勢力を持ち続ける政党ができるかを模索している。まもなく、総選挙によってその答えが出ると、新たな政治の流れができるかもしれない。
 小池さんは今を時めく人気者だが、元祖「女性初総理大臣」は、田中真紀子さんだった。一期目から大臣も務め、堂々としていて、つねに直言することを好む。時にユーモラスでもあった。その田中真紀子さんに、先日、上野駅でばったりお目にかかり、軽井沢までの道程を共にした。
 筆者が外務委員会に属していた時の委員長だったが、田中真紀子委員長の裁きは見事だった。当時野党の自民党ですら、従順に委員長に従い、ヤジの少ない委員会であった。今回新潟5区からの出馬をきっぱり断ったが、「真紀子節」は変わることなく、政情や人物評など極めて的を得た話を伺った。
 田中真紀子氏が外務大臣を更迭されたのは、氏の持つ中国人脈をアメリカが恐れたことも一因であったと思う。マスコミは人を持ち上げたり、押し潰したり、勝手に扱うが、近くで見る田中真紀子氏は、マスコミの揶揄などものともしない「女丈夫」そのものだ。しかも、女性を武器に使ったりしない。あくまで、討論力で勝負する。
 マスコミは、政治家の流行り廃りに大いに関与しているが、稲田朋美さんや山尾しおりさんの後に流行りの女性を作り上げるのではなく、むしろ実力を持つ人を再評価してほしい。

[2017/09/13]
金銭よりも服



   先週、インドで貧しい村に所得創出活動を行ったアンシュ・グプタ氏の話を聴く機会を得た。グプタ氏は、「衣服の男(man of clothing)」と呼ばれていて、社会事業家としての国際的な最高賞、マグサイサイ賞を受賞している。
  グプタ氏は、ある時乞食が近づいてきて、お金ではなく着るものを下さいと言った一言に、ひらめきを覚えた。乞食は寒くて死にそうだった。そうか、金も食べ物も住む家もない人は服もないのだ、と。
 当たり前と言えば当たり前だが、若い頃、インド・ユニセフに出向して開発援助の仕事をしていた私も認識していなかった。グプタ氏は、早速、都市部などから古着を集め、服を提供する一方、その布を使って、バッグやサニタリー用品を作る事業を起こした。このことが貧しい村に所得をもたらすようになったのである。
 ユニセフ時代、私も、所得創出活動(income generating activities)は、開発援助の手法のひとつとして勤しんだ。織物づくりや、ヤギを与えて増やしていくことや、些かの所得をもたらし、女性はそれを子供の教育に使おうと必死になった。ただし、これらは織機やヤギ数頭など投資が必要で、所得を得たら、それを返還していかねばならない。
 グプタ氏は、古着というタダの「資源」を使い、貧しい人々が投資する必要のない手法を取った。ここが彼の優れた素質を語る。「チャリティでなはい、起業だ」。彼の信念が事業を成功させた。そして、彼は、村人の変化を遂げた姿を写真で示した。裸だった子供が服を着ることによって、貧困に落ち込む姿から夢持つ少年の姿に変わった。ぼろをまとう初老の男は、きちんとした服を着ることによって、見下げられた状況から、仕事を頼める男に変わった。
 貧困救済を金や食べ物ではなく、衣服から始めたというのは、方法論でのイノベーションだ。また、チャリティではなく、自分で稼ぐシステムを作ったのもイノベーションだ。私は、グプタ氏の話に感動した。イノベーションは、科学の世界で新たな発見をすることだけではない、身近な方法論の改革もまたイノベーションなのだと知った瞬間だった。

[2017/09/09]
保育所落ちた、山尾も落ちた



   党首選後にまるで仕掛けられたような山尾氏の不倫報道。民進党が自浄できないで5年、マスコミが親切かお節介か分からぬが、自然解党を仕掛けたとみるのも一興。
 政治とは不倫をすることなり、は昨今の状況だが、山尾氏の失脚は、他の不倫議員とは意味が異なり、むしろ豊田真由子の失脚に近い。それは、男性社会で成功してきた人物だからである。今井絵理子のように男に頼らねば生きていけないから、不倫に至ったのではない。
 山尾氏も豊田氏も試験制度を突破し、確固とした職業生活を送った上で、政治に出てきた。当然に、人より多く勉強した人間は、勉強不足の多い国会議員の中では「使いもの」になってきた。それは男性ならば好ましいことだが、残念ながら、今の世になっても、女性の場合は手放しで称賛されない。
 フェイスブックのCOO(最高責任者)である女性シェリル・サンドバーグがそれを指摘している。「女性は仕事ができても、服装や態度が常に問題とされる」。全米トップクラスの成功者であるサンドバーグが著書「リーン・イン」の中で、女性の社会的活躍には、伝統的な価値感や男女を問わずの嫉妬などが足元をすくうと警告している。
 周囲にその動きがあることを知らないまま、自分の成功に慢心してしまったのが、山尾氏であり、豊田氏なのだ。周囲のモグラたちは機会あれば彼女らを引きずりおろしたいと思っていたのだ。知らぬは本人ばかり、まさに世間知らずの試験秀才の哀しさと言えよう。
 国会議員の学歴で一番多いのが、実は東大である。しかし、女性の東大卒は極めて少ない。東大は、男性にとっては好ましい学歴だが、女性にとってはそうではない。女性はキャスターや地方アナウンサーなどが好まれ、優しく美しいイメージで、実際に選挙に強い。彼女らが「子供のため、女性のため」と言えば、だいたい、票は集まる。
 有権者が議員を選ぶ基準は男女で異なるのだ。いいとか悪いではない、人間には生物的な反応だってある。それでも、サンドバーグは言う。前に積極的に進め、と。しかし、それは「リーン・イン」、つまり、もたれかかって背をかがめて進んでいくことであり、山尾氏や豊田氏がこれまでやって来たように、堂々と風を切って歩いていたのでは、潰されるだけだ。
 二人に老婆の助言をしよう。議員を辞め、山尾さんは弁護士を、豊田さんは外資系の会社でリーン・インし、キャリアをやり直すことだ。二人とも若いから、その上で、政治に戻ってきたらいい。民間の経験は、リーン・インの方法をしっかり教えてくれるだろう。官僚出身で、幾度も選挙に敗れた私が、今、まぶしく思うのは、民間で転職をしながらも、確固と自分を築き上げた女性の友人だからである。

[2017/09/04]
国際チャリティ・デー



 9月5日は、国際チャリティ・デー。ちょうど20年前のこの日、マザーテレサが亡くなったことに因んで、国連が決めた。一昨日、私は、都内でチャリティと題した講演会の講師を務めた。
 30年余り前、マザーテレサがインドのコルカタでホスピスを運営していた頃、私は、厚生省から出向してユニセフのインド事務所(ニューデリー)にいた。1979年にノーベル平和賞を受賞したマザーテレサは既に有名な人であった。
 ノーベル平和賞の授賞式には、いつもの木綿の服を着、サンダル履きで現れたマザーテレサは、受賞スピーチで神の愛、貧しい人の感謝の心などを淡々と語った。晩餐会は欠席し、賞金は貧しい人のパンを買うために使われた。これは有名な話だが、マザーテレサらしさがそこに表れている。
 もちろん、マザーテレサは19歳でカトリックの修道女としてインドにやって来た当初から順調に仕事ができたわけではない。カトリックの押し付けであるとの反発も経験している。
 国連機関のユニセフで仕事をしている私から見れば、宗教団体のチャリティ活動は羨ましいところがあった。自分の考えで仕事ができ、資金も豊かで、施設も立派だった。ユニセフは国連加盟国であるインド政府との協議により政府の方針に則って仕事をする。インド全体を対象にするため、立派な施設などは作れない。
 実は、ユニセフは国連機関でありながら、珍しくチャリティ機関でもある。加盟国にユニセフ国内委員会を設け(日本はユニセフ協会)、そのチャリティ資金を活動に充てる。チャリティで活動する機関は、寄付者に活動内容を報告するのが大事である。継続的にチャリティが続くには、その活動に賛同してもらわねばならない。
 幸い、ユニセフは、WHOと並んで、現地主義で仕事を行う、活動の見える国連機関であり、日本を始め支援は滞らない。私は、講演会では、ポリオワクチンの需要調査を人海戦術で行っていること、カシミール州で女子生徒に学校に来てもらうため便所づくりをしたことなど具体的な活動をお話しした。
 日本は仏教国で、「喜捨」という考えは元からあったが、チャリティ活動は、明治時代にキリスト教とともに入ってきた。したがって、チャリティの土壌がそもそもあったわけではない。アメリカ、イギリス、ドイツなどチャリティが盛んな国は宗教と繋がった歴史的な理由と、チャリティが税金の代わりとして支払える寄付金控除制度の存在が大きい。
 日本のチャリティ機関で大きいのは、中央共同募金協会(赤い羽根募金)と日本赤十字社だ。いずれも厚労省管轄下であり、私は職業的にかかわった。1990年代まで赤い羽根共同募金は年270億円のチャリティがあったが、現在では180億円まで下がり、年々減少する傾向である。町内会などの組織的強制募金に対する批判や格差社会で「募金される側」に回った人が多くなったのが原因である。
 日本赤十字社は、災害の時に力を発揮する。記憶に新しい東日本大震災では3300億円のチャリティを集めた。災害時、衆議院議員だった私は、地域の人からよく聞かれたのは、日赤のお金はどうなったのかということだ。日赤では都道府県ごとに判断をして被災者に義捐金を配分しているので、一括して公表に及ばないとのことだった。チャリティが続くためには、ユニセフの件で上述したように、活動が募金者に見えることを念頭に置く必要があると私は思う。
 さて、日本はチャリティの盛んな国を真似る必要があるだろうか。そのためには、上述の寄付金控除制度は要になる。これに似た「ふるさと納税制度」が、豪華なふるさと特産品とのギブアンドテイクになっているという批判を考えると、チャリティの土壌の薄い国で、欧米のような寄付控除制度の導入は疑問がある。そして、日本は、本来、チャリティで行う活動も政府が掬う。たとえば、介護保険。マザーテレサの仕事はホスピスと介護が大きいが、日本では国の仕事として制度化された。
 国の仕事はチャリティではなく、税金で行われているのだが、これも自分の懐から出ていく金ならば、国の事業活動も見える形で納税者が喜んで納税できるようにしなければなるまい。我々は、税金もチャリティもその活動を見極め、必要ならば自ら出て行って、その活動に携わる行動に出ることが望まれる。それが成熟国家であると考える。

[2017/08/18]
下町の台頭と東京



昨日、関係団体のイベントで赤羽に赴いた。赤羽駅に降りることは滅多にない。かつて闇市があり、下町風情の赤羽は、今は、明るく親しみの湧く庶民の街を醸し出している。駅前のアーケード商店街に「魚屋さん」を見つけて、感動した。現在では、魚屋、肉屋、八百屋、果物屋などの単独の店はどこも見かけることが少なく、みなスーパーに吸収されているからだ。伝統の一角を残す象徴だ。
 赤羽は、今では、埼京線、京浜東北線、地下鉄南北線が乗り入れ、交通の便も一段とよくなった。思うに、各線の乗り入れなどが影響して、東京の繁栄衰退の傾向に変化をもたらしている。山の手では、新宿は今もダントツだが、渋谷は通り過ぎるだけの駅になり、下町では、北千住、秋葉原は乗り入れ線の増加で乗降客が増え続けている。つまり、簡単に言うと、東京の主導権は山の手から下町に移りつつあるのだ。
 山の手と下町を比較した、かつてのエピソードは、高見順の小説「如何なる星の下に」の映画上映で、その貧乏物語に山の手の人は笑い、下町の人は泣いたということで知られる。山の手はホワイトカラー、下町はブルーカラーの街だった。しかし、今、若い人が下町に集まる。ここ赤羽も朝から飲むノンベエ爺さんの街だったのが、若い女性が飲みに来る街になったと言う。料金が安いからだ。
 相対的に所得が高く学歴の高い、威張った「かつての山の手」の人々は、高度経済成長期以降、世田谷や多摩など西へ西へと向かって移り住み、先発集団はほぼ死に絶え、二世と後発集団が老後に入っている。多摩ニュータウンなども一斉に老人の街となり、東京の西では、第二第三の高島平、つまりゴーストタウンがあちこちにできている。地方都市のシャッター通りに該当するものだ。
 下町は、山の手と違い、先祖代々住む人が多く、サラリーマンよりも自営の街だった。だから、鉄道の乗り入れの便を得て、わが町の活性化に力を入れたと思われる。江東区では、お祭りが大変活況だと言う。一つには、インド人などIT会社に勤める外国人が増え、また、比較的廉価の若い人向けのマンションが続々と立ったことが原因である。かつては、ゼロメートル地帯と言われ、台風の害に悩まされた地域だが、発展の先頭に立っている。
 筆者は、行政マンとして政治家として国政ばかり考えてきた。しかし、いつの間にか生まれ育った東京が地域ごとに変遷を遂げていることに、最近意識をするようになった。新宿に生まれ、渋谷で青春を過ごし、霞が関で働き、赤坂で飲み歩いた人生だが、渋谷は汚れ、赤坂は廃れた。霞が関も強引な政治主導と官僚志望の低迷で地盤沈下した。唯一、戦後の昭和二十年代からそのアイデンティティを失わないのは、エネルギーと猥雑さの溢れる街新宿だ。
 新宿が栄え続けられたのは、都庁が有楽町から此処へ移転してきたこともある。その都庁のトップはいつも都の外から来た。アメリカが優秀な移民ユダヤ人を使いこなせているように、東京が地方と違うのは、外から来た者を活用する能力であろう。まさにそれが東京パワーだ。誰もかなわない東京を愛す。
 

[2017/08/10]
嘘はホント



安倍新内閣発足。「仕事人内閣」だそうな。なるほど、生死をかける自衛隊の組織を掌握できなかった網タイツの防衛大臣、「地震は人口の少ない東北でよかった」と発言した復興大臣、不規則発言の多い総務大臣は去って、答弁に安定感のある大臣に交代した。しかし、仕事人と言っても各大臣が目指す仕事があるのか、思うようにできるかは疑問だ。河野外務大臣を除いて、安倍総理の意向を確かめずにのびのびと仕事をできる大臣はいまい。
 安倍総理自身が、一番の仕事としていた憲法改正を諦めざるを得ないところまで追い詰められている。ただし、安倍さんのやって来たことのすべてが間違っていたわけではない。足かけ5年になる長期政権は国際社会における日本の地位を安定させた。初期の金融政策は株価の上昇をもたらし、地味だが経済は一定程度回復し雇用が増加している。
 インフレターゲットは失敗、プライマリーバランスは実現できない、雇用は非正規が増えるばかり、・・・といくらでもあげつらうことはできるが、他の政権が担ったとしても、これ以上にはならなかったと思われる。
 しかし、問題は「嘘はホント」の社会に堕落させてしまったことだ。言うまでもない、加計学園のこと。「行政の長の思いを周囲が忖度するのは当たり前だ」とむしろ開き直ってしまった方が早く解決したであろう。そして、忖度した犯人を差し出して、「解決」すればよかったのだ。それを岩盤固い守旧派文科省 対 特区で新たな産業づくりをする革新派経済官庁の闘いに問題をすり替え、迷走した挙句、内閣支持率は落ちた。もう国民は飽きてしまったから、ここでおしまいだろうが、これまでの支離滅裂な政府見解の「嘘はホント」になる瞬間だ。
 社会の上部構造が「嘘はホント」をよしとしたためか、社会全体が嘘はホントが平気でまかり通る。世の中は、政治家やタレントの性行動の不行跡を大々的に報道している。「我々は一線を越えていない」という嘘はホントなのか。組織を離れて、情報が寡少になった高齢者の社会では、自分の情報を確認せずにコミュニケーションをするため、たくさんの嘘がホントに化けている。「あの食品で健康になった」「あの化粧品で肌がきれいになった」「あの宗教で奇跡が起きた」。高齢者ならではの嘘がホントは日常茶飯事。おまけに老いぼれのエロスは嘘かと思いきやホントに存在する。それもそのはず、雇用も社会も年寄りを本気で取り込んでくれないから、「健康のための健康生活」「何かいいことあるかもしれないエロス」が年寄りの嘘でもいいからホントの役割になっている。
 一新した安倍政権に、ホントに活躍できる高齢者対策とホントに出生率の回復がもたらされる少子化対策の仕事人を作ってほしい。
 

[2017/07/28]
ゴールのある日本の選択へ



稲田防衛大臣辞任と蓮舫民進党代表辞任という政治ニュースのあった昨日だが、私は、それを超える科学情報を得た。二人の「偉い」女性は日本を変えないが、昨日の安井至東大名誉教授のお話は、日本を確実に変えると思い、私は興奮した。
 エネルギーを軸に持続可能な未来に向けた日本の進路を語った安井先生のレクチュアの概要は、こうだ。先ず、CO2が地球温暖化の原因であることは科学的に証明尽くされた。したがって、パリ協定を離脱したトランプ大統領の言う「気候変動はでっち上げ」は無知によるものと断言。
 パリ協定は気候正義(climate justice)というヨーロッパで作られたコンセプトで成り立っている。日本人は、キリスト教文化と同様、気候正義というヨーロッパ人の教条を先ず理解できていない。正義とは理念であり、したがって協定が目指すゴールを「目標=ターゲット」と訳すのは間違っている。
 ゴールは最終到達点ではなく、飽くまで、目指す地点である。辿りつかないかもしれない。だから、パリ協定が目指す、気温上昇を2度までに抑えるCO2の削減は、到底不可能な数値である。どこまでできるかという問題だ。特に、開発途上国のCO2排出量はうなぎのぼりに上がっていくのを止められない。
 先生は、代替エネルギーについて、誰しもが主張する太陽光発電や風力発電の話ではなく、産油国が石油のカーボン部分と水素を分離し、カーボンを埋め、水素を輸出するCCS技術が進んでいることを紹介。また、水素エネルギーはアンモニア化して搬送できるそうだ。
 その上で、先生はCO2排出ゼロのための3つの選択肢を示す。CCSを使う、自然エネルギー100%戦略、そして原子力依存戦略。3つ目は、日本では、天災を許して人災を許さぬ「穢れ」の考えがあるから、難しかろうと言う。しかし、核ゴミを出さぬ核融合だけのエネルギー開発は第4世代原子力エネルギーとして米国で進んでいる。選択肢としては残る。
 日本に必要なのは、目指す未来のゴールを先に考え今日に下って政策を立てることだと言う。これは予報(forecast)の逆で、backcastという考え方。日本はこれを導入すべきという。また、政策選択する立場の政治家は、票をとれないことはできないので、環境問題に真剣に取り組めない。むべなるかな。科学と技術にはリスクが伴い、言った通りにはならない可能性があるからだ。だからこそ、目標ではなく、ゴール、つまり、できるだけ近づくことを念頭に政策選択をすべきということになろう。
 私は、先生に、「日本は西洋から輸入したものは、議論するより前提条件として飲み込んでしまう。民主主義というjusticeも気候正義(climate justice)と同様に、70年前にさらりと受け入れ、今日の政治の前提になっている」と申し上げた。先生も否定はされなかった。
 
 



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