元衆議院議員(茨城県第6区)[無所属]大泉ひろ子オフィシャルサイト -大泉ひろこの徒然草(つれづれぐさ)-
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日々雑感
[2018/07/18]
成育基本法ーもうひとつの少子化対策



 昨日、日本小児科医会名誉会長の松平隆光先生のお話を聴く機会を得た。先生は来年の通常国会での成立を望む成育基本法に期待をかけている。
 もう10年以上も前から、医師会等を中心に小児保健法の検討が行われ、途中から、「胎児から成人まで」という発想から成育基本法と名を変えて、子供の医療を中心とした一貫した育みを目指してきた。昨今の乳幼児虐待死や子供の貧困問題など社会問題の解決に新たな政策集中を図る内容である。
 いわば、少子化政策は人口政策として、子供を量的に捉える課題だが、少ない子供を一人残らず立派に育てるための「質的な課題」に取り組むのが成育基本法である。その目的は、国、地方公共団体、医療関係者の責務を明らかにし、成育過程にある者の保健、医療及び福祉施策を総合的に行うというものである。
 基本法だから抽象的だが、生命・健康教育、子育て支援体制、周産期医療の充実など成育基本計画を策定して、目標値に到達していくことを狙う。
 では、具体的に何が問題なのか。筆者が厚生省で児童行政に携わっていた頃、問題の一つとして、学校保健法が文部省(当時)の所管で、子育て政策を一貫してできない縦割りの壁にぶつかった。子供の糖尿病や、中学3年生の女子のダイエットなどが統計上認知されても、取り組みの場がほとんど教育現場に限られるため、厚生省からの関与が限られていた。成育基本法の成立によって保健所や医療機関の取り組みを強化することが望まれよう。
 子宮頸がんワクチンの問題も、なぜ中学3年生の女子が対象なのか、副作用は本当にないのか、「産む性」を守る教育も施すべき中、ワクチンの早期取り組みだけを行う意味は何なのか、十分な議論が行われたとは言えない。厚労省と文科省の連携が不十分である。これも、成育基本法の成立によって、国の責任の明確化のところで解決していくべきである。ということは、今の成育基本法案に欠けているのは、医療と教育の連携であり、文科省をもっと巻き込まねば、厚労省だけの「基本理念」、またぞろ「お経」だけで終わってしまう可能性がある。
 責務を国、地方公共団体だけでなく、医療関係者に負わせるのは大きな前進である。例えば、生まれた子供の低体重の問題がある。出生児平均体重は、1975年の3200グラムから、2012年の2950グラムまで落ちた。これは、やせ形の女性が増えたからというよりは、むしろ医療供給者側で「小さく生んで大きく育てる」を強調し、妊婦の体重管理を厳密に行い、難産になりやすい大きな赤ん坊を避けたのが原因ではないかと思われる。
 同様に、統計学的に有意なまでに帝王切開が増えているが、これも、難産を避ける医療供給側の原因が大きいと思われる。難産で障害を負った場合、訴訟になりやすく、医療供給側でそれを避けようとするのは責められないし、産科医がそれゆえに減っているのも、別の手立てを考えねばならない。少子化は家庭の中でも進み、子供がたくさんいれば障碍児も受け入れられたが、数限られた子供の場合には、許容範囲が狭まり、いきおい訴訟へと向かうことになる。これも少子社会の現実だ。
 成育基本法は、マクロでばかりとらえられてきた少子化をミクロの視点で、質的向上を目的とする、その理念は優れている。しかし、以上のほんのいくつかの問題に解答が出せるほどの具体性はない。医師会など業界から発想したことは奇特だと思うが、他方、民主党政権時代は議論が止まり、医師会が政党として自民党を選んで立法しようとしているのはいささか気になる。今の野党では話にならないと言うのは分かるが、結果的に医療供給側保護に回らぬよう、また、医療・福祉関係者の好きな、フィンランドの子育て制度など北欧の例が神格化されぬよう願いたい。もっと万機公論に決すべき少子化の課題である。

[2018/07/13]
海洋国家日本は続くのか



 世界で一番肉を食べるのがアルゼンチンならば、一番魚を食べるのは日本である。だから、日本は海洋資源の研究開発に力を入れてきた。しかし、現在、海洋科学の予算を減らしているのは、世界で日本とロシアだけという情報がある。他方で、養殖を始め、猛烈に取り組んでいるのが、またしても中国である。
 一昨日、津田敦東大大気海洋研究所教授のお話を聴く機会に恵まれ、海洋研究は、実にダイナミックであることを知った。2007年までは、アメリカも日本も競って、海洋に鉄撒布をし植物プランクトンを増殖する実験を手掛けた。その結果、地球を冷却し、温暖化を食い止めようとしたが、生態系の問題や地球工学的に非効率などの理由で今は行わなくなった。2008年のロンドン条約で商業的海洋肥沃化は禁止され、日本もそのガバナンスに支配されている。海洋で日本は我が道をなかなか行けない、欧米に制止されることが多い。クジラの例を出すまでも無かろう。
 生態系や生物多様性を強調するグループが特に欧州には多く、その議論は難しい。津田先生自身が「なぜ多様性が必要なのか、人類を幸福にするのか結論は出ていない」と言われる。同席の学究から、「我々は多様なものを食べている。多様性を維持しないと、何かが絶滅した時に我々も死ぬことになる」と教示してくれた。なるほど。
 宇宙も海も知らないことだらけだ。同席の学究から「日本はもはや海洋国家とは呼べない」というほど海洋の研究開発や資源の争奪などで優位性を失っているそうだ。この流れは絶対に変える必要がある。科研費や科学産業化の予算は、社会保障費に比べたら目に見えないくらい小さい。骨太2018では、科学予算に触れていないが、予算配分のダイナミズムが求められている。

[2018/07/11]
医食同源



 一昨日、農業・食品産業技術総合研究機構の山本万里先生の話を聴く機会を得た。機能性農産物の開発研究を明快に、多岐にわたってご教示頂いた。超高齢社会で高齢者及びプレ高齢者の関心を集め、市場の需要も高い分野である。
 内臓脂肪減少効果のあるβグルカン大麦、認知機能改善効果の玉ねぎ、骨粗鬆を抑制するみかん、抗アレルギー作用のあるべにふうき緑茶など、食品であるだけに、人体で「治験」され、大きな効果を上げていることを知った。ならば、副作用の多い薬など要らないではないか、と誰もが思う。
 確かに、機能性食品は、薬の代替性が高く、また、特定保健用食品(トクホ)と違って、日常食として咀嚼して健康を保つ大きなメリットがある。ただ、いかんせん、機能性食品は高いのだ。先生が示した機能性食品オンパレードの弁当は6000円。これでは、結局保険のきく薬や、錠剤で割安のトクホに負けてしまう。
 先生によると、機能性食品開発の目的は、健康寿命と平均寿命の差約10年を2年縮めるところにあるそうだ。非常に意欲的な目標であり、健全でもある。薬が「治療」を目的にしているのとは大きな違いがある。ガンの治療が放射線や抗がん剤などの対症療法から免疫療法やDNA療法に代わっていくであろうのと似た発想である。
 我々は永遠に生きる生命個体ではない。平均寿命を伸ばすよりも健康寿命を伸ばすことを目的とし、しかも、食べるだけで健康を保つのであれば、生きる喜びも大きい。古の中国から伝えられる医食同源をまさに実現するのである。6000円の弁当が600円になる日を待つ。

[2018/07/05]
日本の貢献



 昨日、篠田英朗東京外大大学院教授のお話しを聴く機会があった。先生は、国連カンボジア暫定統治機構を始め、紛争現場での数多くの経験を積み、学究の道に入った。リアリストであり、歯切れがよい。
 1992年、日本で国連PKO協力法が成立し、その年にカンボジアに派遣された日本の文民警察官の一人が殉死した事件は当時大きく報道されたが、篠田教授はこの事件はまだ検証されていないと指摘。また、昨年、日報問題で混乱した南スーダンからは自衛隊の撤退が行われた。篠田教授は、改めて日本の平和貢献は何かと問われていると言う。
 結論から先に言うと、先生は、南スーダン撤退後の日本が今後国際社会に貢献すべき点として、ロジスティクス(戦略戦術)に貢献し続けること、アフリカの機構とパートナーシップを結ぶこと、アジアの国々の参加と協力を進めること、調査・分析の技術的貢献をすることの4点を挙げている。紛争現場を知らない日本人の関心を集めるのは難しい提言だが、要するに、日本の国際社会、特に平和活動においての存在感が小さすぎるので、できる役割に絞って貢献すべきという趣旨と筆者は捉えた。
 筆者は1980年代、ユニセフ(国連児童基金)のインド事務所に出向し、児童・女性向けの開発援助に取り組んだ。その仕事は常に「哲学的問題」を抱えていた。なぜ、インドの貧しい子供のために働くのか、日本人のためにやるべき仕事は山ほどあり、国の予算は日本人のために使うべきではないか。実際に悩んだ末、ユニセフにとどまる考えを辞め、厚生省に帰る決心をしたのは、この考えのためだった。
 しかし、1991年の湾岸政争のあと、日本は国際社会から「カネだけ出して汗をかかぬ」と非難され、前出のPKO法が導き出された。2001年の9・11以降はアメリカの対テロ戦争に協力し、今回の南スーダンも、国家なのか無法な地域なのか分からないようなところで、「紛争地帯ではない」と言い切って平和活動に自衛隊を派遣した。
 しかし、日本は、世界の警察官アメリカ(トランプ大統領は否定している)、かつて多くの植民地を持っていた欧州の国々とは違う。欧州を真似ようとして、結果は戦争に負け、戦後の世界で世界の平和構築に貢献する役割を担って来なかった。経済大国とは言え、平和構築の分野では、もっぱら「新参者」扱いなのである。しかも憲法9条の問題も抱えている。だが、国際貢献するために憲法を変えるべきという理屈は軽率だ。先ずは、篠田教授が提言するような役割を果たしていくことが先決である。
 1980年代、ユニセフ・インドにいる時、開発援助の究極の目的は平和構築なのだという「哲学」があったならば、筆者は、もしかするとユニセフに留まる決意をしたかもしれない。当時は、W・W・ロストウの経済学上の「テイクオフ=離陸」を先進国が劣位にある国に対して「助けてやる」という哲学が支配的だった。だから、筆者は日本に帰る選択しかなかったのである。
 国際関係論の教科書の多くは、1648年のウェストファリア条約で国民国家ができたとしているが、篠田教授に言わせれば、近代国家ができたのは、名誉革命後のイギリス、独立戦争後のアメリカ、フランス革命後のフランスなどに限られ、特に第二次世界大戦後の旧植民地が独立した国家などは、形式上の国家であって、内情は無法地帯の地域としか言えない国も多い。確かに、ソマリア共和国には承認された統治機構はないのに、地図では存在している。
 近代国家の歴史は欧州が作った。しかし、日本は独力で、その定義に値すべく国を構築してきた。欧州に匹敵する東洋の稀な国であり続けたが、近年では、中国が共産国家とは言え、その国家資本主義でユーラシア大陸を席巻し始め、また、数々の紛争を乗り越えた東南アジア諸国は「第二の日本」になりつつある。アジアパワーの協力を得て、日本らしい平和貢献は必ず存在する。先ずは、篠田教授の4提言を是として進めてほしい。

[2018/06/26]
次の革命?



 昨日、物財研の坂東義雄エグゼクティブアドバイザーからナノテクの発展についてお聴きした。坂東先生はカーボンナノ温度計を開発された最先端の学究である。この温度計はカーボンナノチューブの新しい応用で、「世界最小の温度計」としてギネスブックに認定された。
 ナノテク開発は、2000年、クリントン大統領がナノテクの国家イニシアチブ政策を発表したことに始まり、日本もその機に乗ったという経緯がある。それから十数年、アメリカは、IT革命、バイオ革命、そして、科学ではないが金融革命で世界を席巻してきたが、ナノテクは、今のところ「ナノテク革命」には及んでいない。アメリカが予算、論文とも日本の数倍の勢いでトップを走ってきたが、現在では、いずれも中国に抜かれたという。
 物財研がナノテクの分野で世界のトップグループにランクされているのは誇らしいが、話は日本の研究体制そのものに及び、最近よく話題になる世界大学ランキングで日本が年々順位を落としていることには失望する。50番以内に東大、100番以内に京大がランクされているが、北京大や清華大学より下だ。
 むろん、それは、東大、京大などの研究レベルが低いのではなく、論文、外国人教授や留学生受け入れ、海外企業との連携などにおいて英語力が問題なのである。物財研ではそれを意識して海外研究者との共同研究を強めていると言うが、筆者は、かかる手段はバケツの中の一滴と思う。
 森鴎外が東大医学生だったときは、教授はお雇い外国人だったので、講義はドイツ語だった。鴎外のノートが残っているが、綺麗なドイツ語で書かれている。鴎外はドイツに留学してその日から、コッホに議論を挑んだ。現代でも、インド人は、高等教育は英語で行われるので、むしろ英語でなければ議論ができないのと同じ状況である。
 しかし、日本は高給お雇い外国人を次第に減少させ、同時に全て翻訳して日本語で授業が行われるように体制を整えた。鴎外も、研究がしたかったのに、翻訳ばかりさせられて「閉口した」と語っている。そのことは教育の普及には役立ったが、日本人の語学下手を決定的なものにした。
 もはやどんな綺麗ごとを言っても、語学力回復に根本解決はないので、研究内容の高さで勝負していくしかない。科学技術者間では、専門分野のコミュニケーションは、いくら下手な英語でも十分に可能である。しかし、専門分野にとらわれ、大局的視点を失うことが多い。だから、江崎玲於奈博士は「ナノテクと言わず、ナノ科学とナノテクを区別せよ」と主張したそうだ。ナノ科学という大きな視点が先に来る、という意味だ。江崎ダイオードも実はナノ科学を応用したナノテクなのである。
 科学技術者が専門的になり過ぎ、専門外での英語力が伴わないのが、実は日本のランクを低くしている要因なのである。専門医が患者と向き合わない状況に似ている。「政治家は科学に口出すな。金だけ出せばよい」という意見もあったが、これはむしろ正反対でなければならない。時代の必要とする大きな研究課題を引っ張っていくのが政治の役割である。
 クリントンが「次はナノテクだ」と言って久しい。その次は何を目標にするのか。AI革命はもう足元に来ている。日本も、アメリカ追従でなく、次の革命を率先して起こすようでなければ、人口減少社会で、学問だけではなく国としてもランクを落としていくことになろう。北朝鮮だけが政治ではない、2018年骨太方針の科学政策は、社会的課題を総花的に言及したにとどまるのは残念だ。

[2018/06/21]
広井教授の「夢人口」



 広井良典京大教授の近著「持続可能な医療」は、サイエンス、政策、ケア、コミュニティ及び社会保障の観点からの論理的な現状分析の後に、死生観としての医療が書かれている。この最後の部分に、もともと科学史・科学哲学を専門とする彼の本意が現れる。事実と論理を重ねた最後に、少し煮え切らないが「新理論」を掲げたのである。
 広井さんは、実は厚労省の後輩である。かつ、東大教養学部の後輩でもある。厚労省で出会った数々の人の中で、彼は、間違いなく突出した逸材である。官僚生活は10年で辞め、研究の道に入ったが、著書は多く賞にも恵まれている。彼の書くものは心躍る理論があり、説得力を持つ。チマチマとした社会保障論を嫌い、科学の歴史からみた現在の分析と認識を見事に与えてくれるのである。
 彼によれば、人類社会は何度か繁栄の極に達すると、定常状態になることが繰り返されてきた。たとえば紀元前5世紀ごろは定常状態になり、この時代に、仏教、儒教、旧約聖書、ギリシア哲学など今日まで続く世界の文化が生成された。現在の世界は、人口と、資本主義による経済成長が定常状態に入りつつあり、日本はその先陣を切っている。
 この定常状態の中で、かつてのように、新たな哲学のシャワーが降り注ぐだろう。その一つが、医療や生き方の根本となってきた「生産者中心の仕組み」を変えねばならないということだ。広井さんは、現実に直視してすべきことは、高齢者には医療以前の「居場所」の解決を、そして若い世代には富を使う社会の構築を急がねばならないと主張する。むべなるかな、である。
 高齢者と子供を合わせて従属人口が形成されるが、団塊世代が子供のころは圧倒的に子供が多かった。今、従属人口の構成は圧倒的に高齢者が多くなっている。広井さんは言う。子供も高齢者も、社会の生産者になりきらない「夢」の存在、つまり、夢うつつの状態に位置し、子供はやがて夢から覚めて現実社会の構成員となっていき、高齢者は死の世界にいざなわれる。
 広井さんは、従属人口を「夢人口」と名付けた。子供は未来を夢み、高齢者は、次第に夢と現実の境がなくなり赤子に戻って、夢でしか知らないあの世に去る。ワーオ、いい命名だ。筆者もそれに近いことを常々考えてきた。現役時代は現実に即した夢しか見なかったものを、現在は、夢と現実が全く違う世界になっている。だから、高齢者は夢うつつで生きているようなものだ。
 夢人口に属していることは実は幸せなのだ。子供は敗れるかもしれない大きな夢を将来に託す。高齢者は「脳が見た現実の夢」を離れ、新たな夢の世界に入る。高齢者にとっては、生産者のための急性医療ではなく、夢に入るまでのこの世の居場所、それは、雇用なのか別の形の社会参加なのか選択肢は多くあろうが、それを整えるほうが重要なのだ。欧州の地方都市は、街を歩くだけで、人と会い、座り込み、日がな一日静かな喜びに満ちている。そのような場をつくることの方が急務ではないのか。
 他方、生産者となるべき子供には、医療も教育も十二分に機会を与えねばなるまい。消費税を引き上げても、教育に使うとした安倍さんは正しい。だが、一方で、借金返しもしていかねばならない。なぜなら、ツケを払うのは今の子供たちなのだから。相続は猶予を与えずに税金化する、高額な年金の課税をする、老人医療の診療報酬減額など、選挙のためできなかったことを、やるべき時が来た。
 

[2018/06/11]
忙中閑



 明日の米朝会談が迫って、報道はこの件で大忙しだ。少し前までは、一連のセクハラ騒動で忙しかったが、まさにのど元は過ぎた。したがって、昨日の新潟県の知事選は、大きなニュースに押されて全国版にはならなかった。
 前知事の買春問題による辞任は財務次官のセクハラ問題の陰で小さい記事になったが、今回も、今後の政権を占うはずの選挙が米朝会談の陰に隠れた。この結果は、安倍政権を支持するのではなく、森友・加計に幕引きをするのでもなく、残念ながら与党に政治を任せるしかあるまいとの有権者の諦観による判断だ。
 ここ数年、与野党ともにモラル低下の記事がラッシュの如く報道された。新潟県前知事は弁護士でありながら買春に手を染め辞職したのだが、秘書への暴言報道で衆議院選を落選したり、衆議院選に勝って不倫を堂々続行したりの女性議員もニュースを沸かせた。有権者は「立派な経歴は必ずしも立派なモラルを意味しない」と学んだ。同時に、これらの方々は政治生命を失った。
 こういう俗悪なモラル問題ではなく、自らの言動に足をとられ、難しい局面に立つ政治家もいる。三人の女性政治家が頭に浮かぶ。小池百合子、田中真紀子、野田聖子である。いずれも女性初の総理と言われたことがあり、女性の中では現在この三人に及ぶ実力派はいないだろう。
 小池氏は言うまでもなく、「排除の論理」を振りかざして、ほぼ次期総理の可能性を失った。コメント総出なので、筆者が付け加えることはない。田中氏は、外務省の組織運営で問題を残したが、筆者は現職時代に、外務委員会での田中氏の委員長としての裁きを観た。実は、優れた知識と判断力を持つ方だと知った。考えは正しいのだが、組織的行動が伴わないだけだ。引退してほしくない。
 野田氏は、郵政選挙で、無所属でも勝ち上がるほどの選挙基盤を持っている。その強さもあって、安倍総理に独り挑む。しかし、その出産と障碍児にまつわる話は世間受けしない。筆者は数年前のこの欄で、「お母さんになりたい」という気持ちは称賛に値すると、大方の議論に反論をぶつけた。
 「女は弱し、されど母は強し」。守るものを持った時に女は本当に勝負に出るのだ。昨日の新幹線殺傷事件では、男性が女性を守ろうとして自らが殺されてしまったが、男は本来、集団を守るために生まれついている。女が男に伍していくためには、守るべきものを作る必要がある。むろん、それは子供だけだと言うつもりはないが。守るべきものを持った野田氏は活躍を続けるだろう。
 さて。報道は米朝会談で精いっぱいだが、忙中閑で、より日常的な問題を少し考えても悪くは無かろう。

[2018/05/23]
夢のケイ素



 過日、産総研触媒化学融合研究センターの佐藤一彦センター長によるレクチュアを拝聴した。化学のイノーベーションに夢が持てる陶然としたお話だ。
 ケイ素はガラスの材料だが、この地球上で、酸素に次いで多い元素である。つまり、無尽蔵の資源ということだ。ケイ素を使い、かつ触媒を発明して製品にまで結びつける研究に先生は勤しむ。先生が中核となり、東大、京大、理研等と人材をクロスアポイントし、企業とも組んで、これまでに多くの製品化に成功している。
 このとき、触媒開発には、AIが役立っている。最先端技術である。先生のお話では、ものづくりは、触媒開発とプロセス開発とAIを掛け合わせた形で行われている。余談だが、経験値の多い触媒開発は、AIによって研究者の職を奪う可能性もあるのではないかと筆者は心配するが。しかし、産官学で新たな境地が開けているのは喜ばしいことである。
 二酸化ケイ素を使った研究プロジェクトからは、燃えるごみからシリカ(シリコン)を作り出すなど、経済効果・社会効果の見込まれる結果を出している。現在、化学の産物としては、石油製品が多く、ケイ素の産業化は石油の194分の1と少ないが、有限の石油に比べ、無限のケイ素が将来、取って代る可能性はあるとのことだ。
 一例をとれば、我々の服は、現在石油から作られたものが多いが、将来、ケイ素製品になる可能性がある。資源小国の日本にとって朗報である。そして、佐藤先生は、その先まで夢を見ている。「空気から肉をつくる」。身の回りに無尽蔵にある材料で食料・生活用品を作っていけば、2050年に地球の人口が96億人になる予測を恐れる必要はなくなる。少なくも、1974年にローマクラブが警告した地球上の食糧難は、地域偏在の問題は別として、訪れなかったという歴史がある。楽観視してよいかもしれない。
 佐藤先生のお話に、筆者はまさに「陶然と」したわけである。

[2018/04/26]
おかしなことは誰が変える?



 北朝鮮の核放棄宣言は誰もが嘘だと思っている。トランプにとって、今回の米朝交渉は、アメリカのためであり、日本の利益のためではないと誰もが感じている。日米貿易交渉では、安倍さんのトランプに対する「神通力」の終わりを呈した。
 内政では森友・加計問題で自らが矢面に立たされている安倍さんの唯一の救いは、野党の再編がうまくいかないことだ。民進・希望の合併から成る国民民主党は、参加拒否が多く出て、立憲民主党に数で及ばず、またまた分裂を繰り返す。
 「政治不在」の現今、世の中ではおかしなことが多々起きている。ガン治療は、DNA治療や免疫治療にもっと投資すべきなのに、相変わらずの放射線と抗がん剤治療が中心だ。糖尿病と高血圧の予備軍を「患者」にして取り込み、薬漬けにする。5種類以上の薬を服用していると転倒や死亡の率が高まるとの研究成果も出ているが、無視されている。
 旧優生保護法(1996年まで存在)の下で、優生手術(不妊手術)を強要された事実が明るみになった。戦前は、ドイツもアメリカも優生手術をやっていたが、戦後、先進国で行われていたのは日本だけだった。
 マスコミは「セクハラ関連専科」を設けたように、財務事務次官の後は文科大臣、そして人気タレントを血祭りに上げる。日本にはこんなニュースしかないのか。
 おかしなことは是正されない。本気で政治を、本気で仕事をやるのが馬鹿馬鹿しくなるような、退廃を覚える社会になっているからだ。流れを変える一番の人は安倍さんであるはずだが、まだ力は残っているのか。
 話は飛ぶが、ちょうど50年前、東大教養学部に入学した時のクラス会が過日開かれた。1968年、入学して3か月も経たないうちに、医学部紛争に端を発し、全共闘運動に呑み込まれ、東大は全学ストに入った。翌年東大の入試が無くなるという事態にまで発展した。今回20人余り集まった級友たちは、全員があのストで人生を変えた。自分は何者か、人生とは何か、社会とは何か、何をすべきか、20歳に至らぬ前に、毎日考え続け、人生を決めた。大方は当初の目論見とは全く違う方向を選んだ。
 筆者自身、研究者志望から、思いもよらぬ官僚の道へと人生を変えた。混沌の中から新たな価値を創造していくのは、やはり若者なのだろう。20歳台の若者が、早く「子供」を辞め、現実的に世の中で何をすべきか決定してほしい。あなた方の決定の集積が新たな日本社会を創造すると信じる。

[2018/04/15]
永田町墜落、霞が関崩壊



 近頃、どの会合に行っても、森友・加計問題に言及して、官僚の質低下が問われる。我々団塊世代が入省したころ、幹部は「日本も経済が良くなって、良い人材が民間に流れ、官僚の質が低下した」とよく言われたことを思い出す。
 しかし、今回の官僚の無様は、「昔は良かった」論調で測れないほど深刻な状況である。「会ったかどうか記憶にありません」「刑事訴追があるので、答えられません(答えたら、将来、安倍さんから天下りポストを頂けません)」。最も優秀と自負していた財務・経産官僚が恥ずかしげもなく、身の保全だけを考える。
 この際財務官僚の息の根を止めてやろうと思ったか、週刊新潮が財務事務次官のセクハラをスクープした。録音テープの現物証拠付きだから、逃げられない、彼は万事休すだ。「記憶にありません」は通らないからだ。
 官僚の質低下は90年代に霞が関では実感されていた。バブル崩壊後、意欲のある優秀な学生は外資系企業に行き、官僚志望は、安定志向の三番手以下の人材しか集まらなくなっていた。それも、阪神淡路大震災のような大きな仕事が舞い込むと、多忙を理由に簡単に役所を辞めてしまうような連中だ。その時代の入省組が管理職に上がってきた。霞が関の崩壊は20年もかけて起きている事実であり、自明なのである。
 しかし、元凶は言うまでもなく永田町だ。小泉政権から官邸主導の政治が始まり、現在では、公務員改革後、官邸が霞が関幹部人事を握るようにまでなった。官僚たちは、本省よりも官邸に気付かい、政策よりも人事で動くようになり、百年以上も事実上官僚が動かしてきた政治の主導権を完全に官邸に渡してしまったのである。まさに平成の大政奉還である。
 この状況の中で、確かに、霞が関の知識とモラルの低下も激しいが、永田町は、そもそも知識もモラルも霞が関よりも低い成り上がり者の社会だから、政治の舵取りが円滑にできようはずがない。彼らの多くは、選挙が手段ではなく目的の政治人生である。選挙に勝って、次の選挙のために、政府内の高い椅子に座ればいい、やりたいことは、政策ではなく、選挙を応援してくれた人に「忖度」の礼を尽くせばよい。ついでに言うが、野党はもっとひどい。バッジをつけていればいい、質問はうまく相手を貶めればいい、勿論、対案はない。
 永田町が墜落し、霞が関が崩壊しているのは明らかだ。しかし、日本は、先進国としてこのまま足踏みを続けるわけにはいくまい。ただし、いくら仲良くてもトランプ頼みは危険だ、トランプ自身が政治の知識に欠け、モラルは、セクハラの大家と言われているが如くの人間だ。日本で今起きているトランプ現象と相乗作用で、世界の笑い者になるべきではない。
 少しだけ望みはある。前川元文科次官や中村愛媛県知事だ。政権に阿ることなく、真実を伝えた。彼らへの批判は、勿論、政権側からの圧力だ。これを機会に、安倍政権では多すぎる経産官僚とそのOBの起用を控え(彼らの得意な経済成長戦略は失敗しているではないか)、文科省や地方自治から反骨精神を持つ人間を起用すべきだ。そして、今こそ、憲法改正以上に、教育、科学、地方自治について取り組むべきなのだ。
 
 



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