元衆議院議員(茨城県第6区)[無所属]大泉ひろ子オフィシャルサイト
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日々雑感
[2017/07/24]
遊んで暮らす社会



昨日、留学生による弁論大会が某地方都市で行われた。毎年この大会に出席している私は、優勝者のウクライナ人のスピーチは特に優れていると思った。日本の過労死と「頑張りすぎる文化」について、ユーモアも交えながらきれいな日本語でスピーチした。
 優勝者は、頑張りすぎるのを褒めているわけではない。頑張り美学に無意識に溺れている日本人に警告をしている。日本人は「自分のやりたいこと」の実現のために職業を選ぶのではなく、有名企業等の集団に属することを選ぶ。それが間違いのもとではないかと示唆する。短い留学期間にこれだけの分析をしたのは、称讃に値しよう。
 大会後の懇親会で、私は、「人間が頑張りすぎないで済むAI(人工知能)社会」について話をしていたところ、「人間の仕事が奪われるから、AIを阻止する法律が必要だ」という意見に出くわした。先日、別の会合でも、「AIは情緒的な部分は人間を代替できない。人間の役割はある」という意見に出会った。実は、私は、そうは思わないのだ。
 既にほとんどの工場はロボットだけで生産しているし、将棋もチェスもAIにかなわない。人間は、殆どの労働から解放され、遊んで暮らすことを考えればよいのだ。これまで労働集約的と考えられてきた農業や介護もAIに任せ、人間は労働したとしても一日1時間、週に5時間働けばよい社会が来るかもしれない。
 「それでは生きる意味がない」と言う人も多い。しかし、労働のために労働をするのは正しいのか。あたかも、今の健康ブームが健康のために健康実践をしているのと同じだ。健康も、労働も、そして金も自分の本当にやりたいこと(これを遊びと考えよう)の実現のためにあるはずだ。
 産業革命時に、機械が自分たちの仕事を奪うからと、機械を壊すラッダイト運動が起きたが、むしろ機械のおかげで世の中の仕事は増えた。同様に、AIを発展させることにより、本当にやりたい遊びの時間は増えるのだ。AI社会を迎えて、自分の本当にやりたいことに向き合い、有名会社に属することや「みんなと同じ集団」に属することを目指す日本人の特質を捨ててみるのも面白い。
 優勝者のウクライナ人曰く、「ウクライナは厳しい政治情勢の中にあるからこそ、夫々が自己実現を意識するのだと思う」。借金大国、人口減少、格差拡大の日本は、ウクライナに比べ、まだまだぬるま湯なのかもしれない。有名な企業で、自己実現はないけれど、あくせく働くことに意義を見出している、日本こそ変わった国なのだ。

[2017/07/19]
もう一つの憲法改正



昨日、都内の民間法人の主催する少子化懇談会が開かれた。人口や少子化対策の歴史、国際比較などは私自身もさまざまのところでレクチャーをしてきたので、よく知る内容であるのだが、今回新たに学んだことがいくつかあった。
 一つは、男女平等を憲法に盛り込んだベアテ・シロタ・ゴードンさんの最初の案では、男女合意で婚姻をする趣旨の第24条の冒頭に「家族は人間社会の基礎であり・・・」を書いていたと言う。憲法らしからぬ表現だと削除されたが、家族を憲法に位置付けたのは、ワイマール憲法であり、ドイツ連邦共和国基本法は、その流れを汲んで第6条に「婚姻および家族は、国家秩序の特別の保護を受ける」とある。
 安倍首相悲願の憲法改正の論議の中で、9条以外に出てきた議論というのは、環境権がない、地方自治は4条しかない、というようなもので、少子化が大きな課題の日本で「家族の権利がない」という議論は聞かない。むろん、理由は明らかである。「家族」は戦前のイエ制度を思い起こし、1941年の「産めよ増やせよ閣議決定」と並んで、女性や革新系の人々に嫌われてきたからである。
 もっとも、今の若者が、イエ制度や例の閣議決定を思い起こすことなどあろうか。家族という言葉にアレルギーを感じる年代層の方が少なくなりつつある。また、昨日の議論で学んだもう一つのことは、NHKの高校講座で教えている「家族」とは、「ライフスタイルの選択によって構成や関係が変わるもの」としている。かつてのように、血族集団が中心のような教え方はしていない。
 それならば、憲法第25条が生活保護法の根拠になるように、あらゆる少子化対策法の上に位置し、憲法上、国家による家族への支援があってもおかしくはあるまい。国による家族への介入と言われる可能性もあるが、この権力行政は、規制ではなく給付行政の根拠とするのである。
 私は、ここ数年、「少子化」はやめて、はっきりと「人口政策」にすべきと主張してきた。昨日の基調講師の主張も「少子化はやめて、家族政策にすべき」だった。フランスをはじめ少子化を克服した国は「家族政策」を駆使している。それは、日本のように保育所に矮小化した「ケチな」政策ではない。
 憲法に家族の権利を書くか、保育所一辺倒を辞めて多様な家族政策に財政的にも取り組むか、一体誰がこの分野をリードしてくれるのだろうか。少子化担当大臣が2007年に創設されてから10年。この大臣を奉職した人は17名。誰も名前を挙げられない。ほとんど全員が兼職大臣だからである。
 やはり、憲法に「家族」を書き込むべきか。

[2017/07/13]
脱・大日本主義



鳩山友紀夫著「脱・大日本主義」が新書版で出ている。鳩山元首相は、現政権の外交政策、そしてそれに無批判のマスコミから忌み嫌われてきた。しかし、そのマスコミも都議選をきっかけに安倍政権に批判の矢を放つようになり、これまでインチキくさい「GDP600兆、希望出生率1.8、介護離職ゼロ」」の「近未来の日本」に関して、新たに議論する時期が訪れた。鳩山元首相はカウンター議論を提起したのである。
 鳩山さんは飽くまで冷静である。安倍政権対しても、自分を捨てた民進党に対しても、客観的な表現でしか論駁しない。それよりも、自らの政治哲学を淡々と開陳し、日本の取るべき道を「語り部」のように語っている。
 簡単に言えば、大日本主義者はやめようと唱える。グローバリゼーションに乗せられ、パンアメリカンの一翼を担ってきた日本を振り返る。マーケットの大きいアジアと組み、人口減少で叶わぬ成長信仰をやめ、ミドルパワーの成熟国家を目指す。日本の外交を歪めてきたエネルギー問題を解決するため自然エネルギーに投資する。敵国条項の残る国連の安保理常任理事国を目指すのをやめるべきだと主張する。
 鳩山さんの総理を辞めてからの行動は、この哲学に則る。それをマスコミはさんざん揶揄してきたが、確かに、リアリストから言わせると、日米同盟は一定の地位を保たねばならないし、アジア中心の核となる東アジア共同体の発想は一部のサヨク思想に染められている。つまり、広く国民の支持を得るには、リアリストの視点を取り入れる必要がある。国際関係論では、理想主義が勝ったためしはなく、リアリストが世界を席巻してきた。
 この著書は総理になる前に書いてほしかった。継ぎはぎの社会民主主義的なマニフェストで政権を取った民主党は根底のイデオロギー欠如に忽ちぐらついた。自分たちのリーダーの考えがしっかりわかっていれば、進めるべきところは進め、修正すべきところは修正できたであろう。むろん、アメリカの怒りを買ったかもしれないが、周囲がリアルな妥協を諌言できれば、もっと政権は続いたのではないか。
 鳩山さんは自ら筆を執った。総理の職にあった人が自ら執筆するのは異例だ。これまで、政治家で、自ら書いた(と思われる)のは、中曽根康弘と加藤紘一だ。どちらも読みごたえがある。
 身近に鳩山元総理を見る者として、倫理感の高さ、ジェントルマンシップの具現を強く感じる。世間がどう言おうと、知性までを否定することはできない。ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザフは、タリバンに顔面を撃ち抜かれて生還し、「それでも私は変わらない。子供の教育権を声高に主張し続け、殺されてもかまわぬ道を取る」と発言している。鳩山さんの「脱・大日本主義」は、荒削りで、静かすぎる主張ではあるが、死んでもかまわぬの決心で書かれたものと信ずる。
 
 

[2017/07/11]
おっと、危ない、安倍さん



   今の世の中、劇場だらけだ。小池劇場、加計・森友劇場、トランプ劇場、そして時々北朝鮮劇場だ。微笑めるのは藤井四段の活躍くらいで、日本は行き先に暗雲が立ち込めている。政権奪還から4年半、安保法制や共謀罪までもやり遂げた安倍首相の「見事な」統治が揺らいでいる。
 8月上旬の人事で、菅官房長官と麻生副総理が留任との情報がすでに出ている。しかし、安倍さん、これはいけない。人事刷新して、支持率の回復を図るのが狙いなら、この二人を外すことが肝要だ。忖度問題も、稲田防衛大臣を始めとする自民党議員の不祥事も、みなこの二人に責任転嫁して終わらすのが、安倍さんの生き残りに必須の手段だ。それをしなければ、民進党と同じだ。都議会過半数を占めていたこともある民進党が、公明・共産よりもはるかに下の5議席政党になったにもかかわらず、政党として責任をとらない。2012年の国政惨敗から政党の立て直しをまともにやっていないのが習い性となっている。
 もっとも、安倍首相がやりたいようにやって、日本が新たな局面を迎えるのを望んでいる人も多い。自民党の自浄作用よりも、今は到底当てにならない小池新党に期待せざるを得なくなるだろう。かつての日本新党、民主党の失敗に学び、最近では、元党首の抜けた維新党の低迷にも学び、保守から出た小池新党が2大政党を背負うようになるのは悪くはあるまい。
 かくのごとく、観客席は今の劇とキャストに飽き始めている。安倍首相は、小泉進次郎や橋下徹をサプライズ人事に使うよりも、側近を切ることの方が重要だと理解しているのだろうか。観客席の人間がこんなこと言っても始まらないか。ごめんなさい。

[2017/07/07]
勉強法



   「都議選台風」一過、いよいよ怖いもの知らずの安倍さんが下流に流される日が始まった。本来の課題アベノミクスや加計・森友の斡旋政治、さらに憲法違反の防衛大臣よりも、今マスコミ受けしているのが豊田真由子さん問題だ。豊田さんは3姉妹の次女で、姉は医者、妹は弁護士、3人とも東大卒だと言う。頭の良い家系だ。
 似た名前の山口真由さんは、東大法学部首席、財務省入省の後、弁護士。ハーバードロウスクール最優秀という、なんとまあ頭のいい人だ。両親ともに医者で家系も優秀。山口さんが書いた勉強法の本を読んでみた。若干32歳で、感心するのは、その「努力する性格」。東大に入ったら、周囲は遊び始めて競争相手がいなくなったと嘆いた。彼女だけはますます目標に向かって恐るべき勉強を続けたのだ。
 内容は、驚くべきものではない。同じ本を7回読めば無理なく頭に入ると主張している。確かに、多くの若者は、赤や黄色やらのマーカーで本に塗り絵することに専念しているが、彼女はさらさら読むことの方が時間も節約できると言う。マークしておいて後で覚えようはダメだ、と。
 山口さんの勉強法は正しいと思う。試験はインプットの仕方が大切だ。私は7回も読むことはなく、せいぜい3回程度だが、それは山口さんのように鬼気迫る努力を維持できなかったからだ。凡人だから、同じ本に飽きてしまうのだ。飽きなかったのは、55歳の時にオーストラリア国立大学で国際関係論修士を取得した時の勉強だけだ。2回の国政選挙敗北のあと、どうしても勉強したくて赴いたときのことだ。英語だから読むスピードが遅く、飽きるどころか、一回読み終わるのが精いっぱいの日々だった。
 海馬機能が衰え、記憶のストックや記銘力に危うさを覚える年齢になった。しかし、正しい勉強法を続ければ、死ぬまでの日々の豊かさを保てよう。そこで、老婆心からひとつ提言。大秀才の山口さんや豊田さんに共通なのは、インプットの勉強は得意でも、社会へのアウトプットは覚束ない。山口さんの本は分かり易いが、面白くはない。豊田さんは、大衆迎合の議員職に向かない。大秀才は、失敗を重ね、「勉強のできない」多くの人の言い分を聞き、自分の欠点を人前で言えるようになって初めてアウトプットでも成功するだろう。
 だが、私の通ってきた道は大秀才が山ほどいたけれども、かつての大秀才で「世間的に」成功した人は殆どいない。大秀才が肝に銘ずべき点だ。

[2017/07/01]
小池新党前夜



都議選が明日に迫った。山の手の杉並区を歩いてみると、其処此処にポスターの掲示板が建てられ、たまにだが、演説カーが通る。東京の人は、地方と違って、どこへ行くのも車を使わず歩くので、地方が点と点で生きているのに対し、線上に生きている。
 点よりも線の方が情報が多く、伝わりやすい。都会が時代の先端を行く理由の一つだ。むろん、学歴も所得も相対的に高いから、情報の価値を見分ける力も持つ。ただ、歩いてみればわかるが、どんな瀟洒な家に住んでいても、狭く、生活の豊かさの実感は地方には及ばない。
 その東京で、今回は「異変」が予想される。マスコミもまるで2009年の自民党惨敗再来のように、自民党叩きをしている。忖度政治、稲田防衛大臣の自衛隊を使った投票依頼発言(この人は、法律家なんだが)、下村都連会長の利害関係者からの献金問題、魔の二期生政治家の不祥事・・・それにしても、弁解のしようがない攻撃材料を自民党はよく作ったものだ。そして、2009年は逃げた票が民主党に行ったのだが、今回は間違いなく都民ファーストに行く。
 小池ネガティブ情報も少し出ているが、少なくとも、オリンピックや豊洲問題の情報公開は一番評価されている。都民は先ずはここまでを評価するはずだ。この後、大阪の橋本徹がおおさか維新の会を全国政党にしたように、小池新党が登場することは間違いあるまい。維新の会は一時の勢いはなくなった。それもそのはず、一番の立役者橋本が第一線から退いたからだ。小池新党は新たな期待が寄せられるであろう、しかも、今度は地方であって東京敵対の大阪ではなく首都東京を舞台に出現する。
 小池さんが政界に出たのは、1993年、細川護煕の日本新党が国政に打って出たときだ。その後、政界再編に合わせて「政界の渡り鳥」と揶揄されつつも、つねに政党ナンバーワンの人物の信頼を勝ち取ってきた手腕を持つ。今度は初めて自らがナンバーワンとなる。日本新党を彷彿とさせる状況の中にある。
 新党は潰れやすい。ベンチャー企業だからだ。しかし、数々の政治勢力の栄枯盛衰を渦中の人間としてみてきた小池さんだから、どう御していくのか見たいものだ。一つ確実に言えることは、独りで仕事をしてはいけない。賢人を集め小池軍団を作り、「情報公開をする保守政治」を旨に、行動すべきだ。

[2017/06/27]
もりソバ、かけソバ事件



霞が関で「もりソバ、かけソバ事件」と言っているのは、森友事件、加計学園事件のことだ。「忖度」は、今回マスコミで使われるようになるまで知られていなかったが、これも霞が関では頻繁に使われる言葉だ。つまり、政治家トップの意向を忖度するのは、役人の世界では日常茶飯事なのだ。
 数日前のある会合で、元某省次官を務めた人が「文科省のような硬い役所の岩盤にドリルで穴をあけたのだから、いいじゃないか。騒ぐことはない」と言った。その見方もある。文科省、厚労省など非経済官庁はもとより保守的で、事なかれ主義で、岩盤は固すぎるほど固い。だから、「軽いノリ」の経産省出身で固めた内閣府の規制改革派が安倍さんの名を使ってドリルで穴をあけたのが今回の騒ぎであるとも言える。
 たとえ安倍さんが「自分は指示していない」と言ったところで、名前が使われたのは、江田憲司が言うように「状況証拠」として十分にあるのだから、誰かが責任を取らねばおさまるまい。だから、菅官房長官か萩生田官房副長官が「私がやりました。私は総理を守ります」と言って、辞めればいいだけの話だ。
 もっと前なら、下のレベルの辞任で済んだかもしれない。たとえば和泉洋人総理補佐官。彼は、2012年内閣府を退職するまでは、民主党政権下で「国家戦略特区」と似て非なる「国際戦略特区」の担当者だった。菅官房長官に退官後引っ張られて総理補佐官となり、「特区」の専門性を活かした。彼は、国交省出身で、経産省出身のように「規制改革至上主義」でもなければ、文科省のように「岩盤守る主義」でもなく、政治家御下問を大切にする役人だ(利権の役所出身だから)。前川前次官に「総理が直接言えないから、私から言います」と進言したのは、彼らしい。状況が目に浮かぶ。
 岸博幸という経産省出身評論家が、猛烈に前川前次官を攻撃し、「俺は役人出身だから、何でも知っている。プロセスを見れば忖度の余地はなく、悪いのは、頑なな文科省だ」と独特の容貌で語る。しかし、今回ばかりは、「もりソバ、かけソバ」にマスコミは同情しない。安倍政権の支持率が下がったまま、そう、都議選は小池さんが勝つであろう。ただ、この事件を有効に議論できなかった、国政を与る野党は消えていく運命だ。

[2017/06/24]
雑談の日



昨日、ある法人の会合で、仕事の後は雑談に花が咲いた。何せ、話題に事欠かないこの頃である。人工知能から、豊田真由子議員の暴言問題まで、語るに尽きない。
 人工知能は、過日、科学会合でもテーマになったが、私は、持論の「労働を悪徳と見たギリシア時代に戻って、人工知能を奴隷にし、人間は遊んで暮らす時代が来る」と主張したが、今回も賛同は得られなかった。
 豊田議員は厚労省の後輩。残念ながら個人的には知らない。自民返り咲きの機を見て公募し、政治家に転向した野心ある人のようだが、残念なのは、せめて管理職を経験してから出馬すればよかったと思われる。彼女の地だけが出て、プロフェッショナルな部分は発揮されないまま終わる。
 生まれて初めての挫折に、今、彼女は急性の鬱病で入院している。偽メール国会質問で失脚し後に自殺した永田寿康、証券取引法違反で自殺した新井将敬、絆創膏大臣で失脚した赤城徳彦、酩酊大臣中川昭一などの事件が思い出される。彼等も皆鬱病になり、立ち直れなかった。
 豊田さんは若いのだから、あっさり議員を辞め、英語を活かし外資系会社などで、プロフェッションを一からやり直せ。残念ながら役人としては完成していない、だから、部下の扱いを知らぬまま政界に出てきてしまった。菅直人は総理になっても市民政治家のままで、人を使えなかった。野田佳彦は総理になっても、単なる選挙上手で、人を使えなかった。人の上に立とうとするなら、プロフェッションを学ぶべきだ。
 さて。ひとしきりの雑談の後、帰り道を一緒にした70歳代の男性が、今回限りで退任し、これからは、自分のコンサートに集中すると言う。聞けば、60歳を過ぎてからカルチュアセンターでカンツオーネ、ドイツリート、シャンソンを習い、今は、コンサートに出ているとのこと。子供のころ、アマチュア声楽の大会で優勝し、音大の先生から、音大に進学するように言われたが、経済的に叶わず、サラリーマン生活が終わってから本格的に声楽を始めた。
 素晴らしい、羨ましい。私は、ドイツリートを習っているが、実は、世の中にあるほとんどの歌の歌詞やメロデイーが気持ちに合わず、歌いたい歌がきわめて少ないことに気付いた。森羅万象を愛で、惚れた腫れたの歌は嫌いだ。別れの歌だけを好む。
 歌一つでも、人間の生き様と哲学に関わっていることを知った。先ずは、彼のコンサートに行くことを約して別れた。 

[2017/06/18]
新政党への期待



   日曜の朝は討論番組が多い。当然のことだが、本日は、加計学園が中心だ。その討論で、江田憲司が「状況証拠は揃った。それらは証拠能力が十分だ。後は、裁判ならば、証人尋問で確認するだけだ(つまり、有罪確定)」と発言し、筋の通った意見を言った。対する自民党は、総理忖度問題を避け、獣医学部必要論にすり替えようと必死だった。しかし、本人も内心恥ずかしいと思い、つっかえながら反論しているのが気の毒だった。
 江田憲司は現在、民進党。まともな政治家がいたのだ。ただ、彼は、みんなの党、維新党から移ってきた経緯を考えると、連合をバックとした民進党は、改革派を自認する彼にとって論理矛盾するはずだ。一瞬だが、こう思った。この一件で安倍政権が揺らがないのであれば、まともな政治家が集まって、新たな政党を作るべきではないか。
 その動きが都議選で始まっている。小池新党の中身には疑問があるものの、新たな政治勢力が作られるのは歓迎したい。小池さんは、江田憲司のような学問を基礎にした発言はないが、政治家としてのうまさは抜群だ。豊洲と築地を両方活かす(であろうと言われている)ウルトラ選択があるとは思ってもいなかった。
 人口が減り、マイナス金利でも資本の行き所のない、イノベーションも期待薄の日本。「あの夢をもう一度はありえない」前提で、新たな国家像を作るべく、新政党の誕生を望む。

[2017/06/16]
前川、がんばれ



「前畑がんばれ」は1936年、ベルリンオリンピックにおいて前畑秀子が平泳ぎで金メダルを取った時、NHKアナウンサーが放送中絶叫した言葉だ。現在、「前川がんばれ」と前川前文科事務次官を応援していたら、加計学園ゲートが化けの皮をはがし始めた。
 文科省に引き続き、内閣府も調査せざるを得なくなり、斡旋政治の内幕を国民に明らかにする。ただし、重要法案テロ等準備罪も可決し、国会は閉じるから、議論は、マスコミと人々のコミュニケーションに移る。もしかしたら、このまま萎んでいくかもしれない。また、自民党の支持率があまり下がらないのは、偏に野党の不甲斐なさによる。
 都政では、小池知事は、少なくとも豊洲市場とオリンピックを国民の議論の俎上に載せた。知事が彼女に変わらなければうやむやにされていたかもしれない。ただし、前川さんと違うのは、小池さんは、ずっと政治的だ。前川さんのように「役人の矜持を守る」という単純なものではなく、小池政治を席巻させるための手法を尽くす。
 そのための都議選、議会過半数になるかどうかは分からないが、小池新党は自民党を超えるであろう。国政に影響ある新たな野党を期待したい。あたかも橋下徹が大阪維新の会を全国政党にしたように。
 話を前川氏に戻す。彼は、文科省に入るとき公務員試験4番の優秀な成績だった。真実に文部行政を目指した人なのだろう。私は、法学部出身ではないので、長い間「法律学は社会科学ではない」と思ってきた。それを小林宏晨日大名誉教授に言ったら、怒られた。「法律学こそ最強の社会科学。私は、それを身に着け喧嘩に負けたことはない」と言われた。私は、心を動かされて、遅ればせながら、今、少し、法律学の勉強をしている。
 だが、判例を読んで、なぜこんなに回りくどい言い方をするのか、なぜ真実はひとつなのに、学説がいくつもの理屈を作るのか、自然科学に比べると、納得のいかない内容が多い。そうだ、総理補佐官を始め、永田町・霞が関は東大法学部だらけ。さまざまの理屈を披歴し、最後は権力への忖度で決めた、ということにしているのだ。
 学力の高い前川さん。次は、法の支配が忖度を駆逐する行政の在り方を声高に主張してほしい。加計学園ゲートが立ち消えしないために。
 



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