元衆議院議員(茨城県第6区)[無所属]大泉ひろ子オフィシャルサイト -大泉ひろこの徒然草(つれづれぐさ)-
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日々雑感
[2019/09/11]
議員定数・官僚定数の削減



 行政改革を看板にしていたみんなの党が解散してから、議員定数を標榜する政策は聞かなくなった。しかし、小選挙区が定着し、官邸中心政治が当たり前になった現在、与党の麓に存する議員や、一向に優れた対立軸を作れない野党議員の多すぎる数に注目すべきである。

 国会会期中に北方領土で酩酊した議員の行動は氷山の一角であり、内閣や重要な党務に関わらない大多数の議員は政治参加ができない、また、能力的に自ら立法や政策の提案ができない状況にある。だから、不行跡に走るのだ。それは与野党を問わない。

 小選挙区は政党の力で当選するから、選挙が安泰な政党もあれば、政党名を隠さないと活動できない政党もある。彼らの演説は、したがって、「皆様の声を国会に届けます」の一点張りだ。党の方針と異なる演説は許されないし、そもそも自ら訴えたいものを持っていないのである。経歴を見れば歴然だ。専門性を積み上げた人生を送っていない、議員になるための議員だからである。

 また、官邸中心政治は各省の専門性を低下させている。専門の積み上げではなく、政治的に官邸が先に決めるという図式が官僚の意気を削いでいる。その官僚自身、90年代から、人材が低下している。大学では、優秀な学生は外資系に流れ、官僚志望は中堅と言われて久しい。
 
 事務次官のセクハラ事件、幹部の忖度行政を目の当りにしながら、官僚の麓にいる人間もまたモラルの低下が当たり前となっている。会議また会議の繰り返しで、実世界とかけ離れたバーバルコミュニケーションが行われている。したがって、話す日本語はうまいが、中身はない。財務省も経産省も農水省も同じようなイノベーション政策を「ポンチ絵」に描いて説明に現れる。

 議員だけでなく、官僚も多いのが目につく。しかも、2−3割は精神異常で戦力から外れているとさえ彼らの中で言われている。しかし、議員や官僚が多すぎると言うと、先進国の中では多くないと反論し、確かに、どちらも突出して多くない数字が掲げられている。

 さて。多くの人が心に思い、決して実現されてこなかった提言をしよう。まず、国会議員を減らす第一歩は参議院をなくす。第二の衆議院になり下がった参議院に今更「良識の府」は期待できず、息の長い重要な法律や政策に取り組む姿勢も見られない。直近の参議院選挙の投票率の低さは、有権者が「参議院に投票したって、何も変わらない」と消極的だからなのだ。

 次に、官僚の減らし方だ。多くの規制を緩和することが一番である。許認可に関わる官僚が多すぎる。次に、お抱え学者の審議会は廃止し、民間のシンクタンクに学問的・技術的評価を得る制度をつくる。忖度政治を減らすにもこれらの方法は役立つ。

 人々は目に見えた改革を待ち望み、消費不況の長いトンネルから出られない日本に希望を与えてくれるのは、その「目に見えた」ものだけでしかない。N国党首が参議院選挙より以前に流山おおたかの森駅で演説をしていたのを聞き、「目に見える」改革を語るすごさを感じた。NHKに不満を持つものもかなりいる中で、そのシングルイシューで国会まで出てきた彼の情熱と勇気は、今の時代が求めているものだろう。

 議員定数と官僚定数を削減する主張のできる政党が出てくるべき時だ。

[2019/08/23]
少子化の家族的要因



 筆者は、90年代における厚生省児童家庭局の課長時代の経験をもとに、少子化政策の講演講師に呼ばれる機会が多い。少子化は、経済的要因(非正規雇用が多くて、若者が結婚できない)、社会的要因(結婚の意味が薄れた)によるマクロ的な説明が一般的であるが、落としがちな観点がミクロ的な「家族の要因」である。
 
 家族社会学では、山田昌弘法政大教授が、結婚するまで「親の子供」というアジアに共通な日本の社会が、親にパラサイトする生き方を選択し、生活レベルを落とす結婚から若者を遠ざけると説く。日本国中にたくさんのパラサイトをもたらし、痛ましい事件にまで発展した例が元事務次官の息子殺しである。ミクロ的な「家族の要因」を探るのは、もうひとつ、心理学・精神医学からのアプローチが必要だ。

 昨日、時宜を得たかのように、亀口憲治国際医療福祉大学大学院教授の家族療法のお話を聴いた。先生は80年代初頭、ニューヨーク州立大学フルブライト研究員の時に、アメリカ社会が家族崩壊の危機に直面し、アメリカで発展した家族療法をライフワークに選び、今日、日本における家族療法の第一人者となった。しかし、先生自身が言われるように、日本では、家族療法は弱小分野であり、国の予算がつくこともなく、アメリカのような発展は望めない。家族療法を行う臨床心理士などは極めて少ない。

 家族療法とは、簡単に言えば、個人のカウンセリングでは問題解決にならない場合、家族全体がカウンセリングに登場して、問題の根幹を洗い出す療法である。家族関係を見直すことによって、病原を発見するのである。母原病もこれにあたるだろう。夫婦間、親子間の真の問題、病因を明らかにし、これに対処する方法を得る。精神医療の薬物医療の対極にある処方だ。

 筆者は、70年代半ばにアメリカに留学し、アメリカ社会における家族の崩壊を目の当たりにした。離婚、再婚、連れ子、性的虐待、性的倒錯などが社会問題であった。これはウーマンリブが原因なのではない。むしろ家族の問題に失望した女性がウーマンリブにそのエネルギーを注ぐようになったのである。
 
 しかし、アメリカはプロフェッショナリズムの国である。これらの社会問題を新たな心理療法である家族療法を以て大々的な取り組みが始まったのである。当時、日本は戦後30年経ても、戦前の家族の枠組みが残り、アメリカの状況を対岸の火事としか見ていなかった。

 ところが、あれから半世紀経った今はどうか。離婚、パラサイト、引きこもり、児童虐待、介護殺人など家族の問題が70年代のアメリカ以上に噴出している。アメリカと違って、日本では家族の問題はタブーだ。自分たちでひそかに解決を図ろうとする中、事件に発展する場合がある。家族そろって家族療法を受けようとは考えないし、また、受けたくても、施療してくれるところが極めて少ない。日本は、児童虐待の事件がいやというほど世間を騒がせてもなお、プロフェッショナルに問題を解決する道を取らない国柄なのだ。
 
 さて、少子化問題に焦点を当てよう。少子化のミクロ的な問題点は、一つは家族社会学、そして家族療法が引き出す心理学が教えてくれる。70年代、団塊世代が結婚ラッシュだった時には、戦前の親から教えられた結婚の枠組が残っていたが、団塊世代はそのジュニアに、自分の見果てぬ夢を託した。大卒が2割時代の世代だから、子供には大学受験を強制し、かつては金持ちだけがやっていたピアノやバイオリンを習わせ、ジュニアたちは時間を奪われた。
 
 団塊ジュニアは、長じてから「本当は自分の夢は何だったのか」と迷い始める。その上に、親世代より日本経済は悪く、就職氷河期にも遭遇し、自分の家族を積極的につくる理由が見出せなくなるのである。親に強制された人生の延長がパラサイトなのかもしれない。団塊ジュニアは今や40代半ば、既に人口生産力は極めて小さい。家族療法は間に合わなかったのだ。

 団塊ジュニアの次に来る世代に、もしそんなものがあるなら、予防的家族療法を広め、健全に日本社会を保っていくべきと筆者は考える。

[2019/07/26]
結論より論理を



 この1年、気候変動をテーマにした会議に出席する多くの機会に恵まれた。二酸化炭素による地球温暖化は、ある国際会議では世界の97%の科学者が正しいと信じているとの報告も聞いた。しかるに、トランプ大統領は「その説は信じない」と断言する。なぜなのか。
 
 それは、地球の気候変動には、何億年のサイクルと、ミランコビッチサイクルと呼ばれる10万年単位のサイクルと数万年単位の寒冷化サイクルがあり、その大きなサイクルの中では、地球はむしろ寒冷化に向かっていると考える学者がいるからなのだ。トランプはそれを根拠にしているはずなのだ。
 
 しかし、我々ホモサピエンスの歴史は、20万年前にアフリカで進化し、6万年前に世界に広がっていったと考えられている。文字を作り、社会を作り、自ら食糧生産をし、文明を築いたのは高々1万年以内だ。未来に向かってもあと1万年続くかどうかは神のみぞ知る世界であろう。ならば、何万年ものサイクルで気候変動を語るのは意味がない。
 
 それよりも重大なのは、我々が化石燃料を使うようになり、産業革命後300年、特にこの100年は、急激に二酸化炭素の排出量が増え、異常気象、農業の危機、海に溶け込んだ二酸化炭素による海洋酸性化がサンゴ礁など石灰化生物の絶滅を導いているという事実だ。つまり、人為によってあまりにも「急速すぎる」変化が起きていることなのである。

 今再び宇宙開発の国際競争が始まっているが、地球の隣の火星や金星の探索が進められる中、我々地球が唯一生命体を維持してきたのは、火星や金星と異なり、太陽との位置関係で、二酸化炭素がサーモスタットの役割を果たし、生命体が維持できる温度が保たれてきたからなのだ。

 ならば、簡単だ。世界で二酸化炭素排出を抑える協力をしていかねばならない。人類全体のためだ。トランプ大統領のパリ協定離脱は「そんなエゴ」認められないというべきであろう。しかも、人類は、どんどん美食家になり、野菜系よりも肉=たんぱく質を摂取し、たんぱく質の形成には大量のエネルギーが必要であり、回りまわって二酸化炭素の排出を多くする。

 しかし、悲しいかな、たんぱく質を摂らねば人間は賢くなれない。近年の認知症の研究でもたんぱく質の摂取との関連が指摘されている。地球温暖化をどうすべきか方策を考えるにも、矛盾同着だが、せっせと美食しなければ考えつかないということになる。

 ただし、「二酸化炭素はよくない、環境を守れ」は「デブはよくない、健康を守れ」と同じで、結論だけの押し付けだ。下手すれば、単なる政治スローガンになって「環境守れ、健康守れ」と叫ぶオバチャンが増えるだけになる。違う、違う、結論だけでなく、論理を我々に納得させなければならないのだ。

 もしかしたら、我々は氷河期に向かっているかもしれないが、急激な二酸化炭素排出は、我々を「火遊び」で滅亡させるかもしれない。以上は、過日、川幡穂高東大教授の気候変動のお話を聴きながら、思いを深めたことだ。

[2019/07/10]
トマトのGABA



 過日、江面浩筑波大教授、つくば機能植物イノベーション研究センター長のお話を聴く機会を得た。先生は主にトマトを対象に次世代遺伝資源の開発、その分子機構解明を通して人類の食料の質的量的拡大を追求する。また、先生は全国のみならず中国など海外でも啓蒙活動に大忙しである。
 
 遺伝子組み換えは厳しく規制する傾向にあるが、先生はこれとは厳密に異なる、ゲノム編集という技術を使う。前者は、遺伝子の数を増やすのに対し、後者は遺伝子の数は元のままである。したがって、ゲノム編集の規制のほうが緩い。

 いずれノーベル賞といわれる、アメリカで開発されたcrisper-cas9というゲノム編集技術によって、トマトの日持ち性、高糖性、機能性物質の蓄積などの画期的な改良が行われる。crisper-cas9は、自然界で大腸菌が果実に作用した方法を技術にしたものだ。
 
 先生の研究から、トマトにGABAと呼ばれるアミノ酪酸の一種が高蓄積される品種が作られた。GABAは血圧を下げる働きを持つ。これは、朗報である。最近、日本高血圧学会が、アメリカのデータを用いて高血圧の定義を変え、高血圧予備軍が増加する見込みだからである。

 しかし、降圧剤には、副作用も報告されている。そもそも高血圧は病気ではなく、心臓病などのリスク要因にすぎない。だとすれば、東洋では、昔から医食同源の考えがあるのに従って、食を通して体質改善できればそれに越したことはない。トマトはその有力候補になる。

 江戸時代、食糧増産のため、青木昆陽が普及させたサツマイモは、自然界で微生物が根のDNAに入り、ゲノム編集されて根が太くなったものだという。トマトは、原産はペルーで小粒だったが、スペイン植民地時代に欧州に運ばれ、今では数えきれない種類に改良されている。

 日本は、トマトを食べ始めて百年、トマト好き国民らしい。団塊世代の筆者が子供のころ食べた小ぶりの酸っぱいトマトは現在市場にはない。見目が美しいだけでなく、GABAのような機能を持ったトマトは身近なイノベーションである。江面先生の研究にさらに期待したい。

[2019/07/06]
児童虐待に有効な政策とは



 最近再び、児童が親の虐待によって死亡する事件が相次いでいる。児童相談所が虐待の存在を把握していながら、児童を死に追いやったケースは憤懣やるかたない思いである。
  
 児童虐待や少年犯罪は社会を騒がせ、制度改正がそのたびに行われるが、しばらく沈潜し、再び同様の事件が起きるという循環の「波」の中にある。なぜ根本解決が図られないのだろうか。

 福祉は、医療と同様、「予防」が難しい政策分野である。事件が起きるたびに、虐待の可能性のある家庭に介入する「アウトリーチ」事業が試されてきたが、そもそもアウトリーチは法制化が困難である。予防的に家庭に入り込むことが簡単には許されないからである。

 日本では、児童虐待は児童福祉法を中心に、行政の役割が大きい。欧米では司法介入が大きく、その違いは、行政は裁量範囲が広く、司法はより権力的に対応する。悪い言い方をすれば、行政の「介入しなくてよい」裁量行為は起こりやすい。従来行われてきた議論は、「日本も司法手続きを強化すべき」であり、実際にその方向に向かってはいる。

 しかし、手続き的な解決以上の問題がある。福祉では、虐待児の家族再統合を究極の目的とするが、家庭「信仰」は危ういと筆者は考える。虐待が発生する背景には、親の軽度な知的障害や精神障害、親自身の生育時トラウマなどが必然的に存在し、「あたりまえの家庭」に戻すという考え方自体が理想に走りすぎている。社会養護や新たな家庭の提供などを整備するほうが現実的である。

 以上は、現制度を前提にした議論であるが、これまでも少しづつ前進し、児童相談所への通告も年々増加し、体制の強化も図られてきた。しかし、根本的な解決には程遠い。だから、同じ事件が繰り返されることになる。より根本的な解決方法として、児童虐待を含む要保護児童政策を民間に委ねることも考えられよう。

 福祉は内務省時代からの警察行政である。しかし、1997年の介護保険法、2000年の社会福祉法は、福祉を警察行政の根幹である措置制度から民間市場に移行させた。その時点では、保育所はその流れになじむと考えられたが移行せず、まして要保護児童政策が民間に移行することは問題外であった。

 しかし、警察行政で行われている限り、虐待のような家庭の奥で行われているものに対応できない。要保護児童政策は基本的に都道府県管轄であり、広域で行う以上は需要が見落とされがちだ。また、第一線の児童福祉司をはじめ人材が頻繁に人事異動し、定員も大幅に増やすことはできない。民間に委託し、時間制約もなく、地域制限もなく、また人材の年齢制限もなく、機動的に対応できる体制を作ることは一考に値する。現に、イギリスではこの方法をとっている。

 また、日本の社会では、児童虐待、少年犯罪、あるいはセクハラのような社会問題に徹底的な議論が行われていないと筆者は思う。「そういう犯罪者は特殊な人であり、自分は関係ない」と思っている人が多い。「かわいそうだ」で、すべて終わってしまう。

 1990年代、筆者が当時の厚生省児童家庭局の課長をしていたころ、児童行政に参考になったのは、アメリカの映画だ。障碍者が人生の幸運をつかむ「フォレスト・ガンプ」、非行少年が性的虐待を受けたかつての看守に復讐する「スリーパーズ」など、ハンディを持った人々の生きる力を描いたものが多かった。日本の社会も、児童虐待をはじめとする社会問題に対し、「かわいそう」は止め、積極的な克服に向けての文化を養成していくべきだ。

[2019/06/20]
宇宙に夢を託せるか



 世俗を騒がせているのは、金融庁の報告書「老後には、年金以外に2千万円の蓄えが必要」である。多くの年金生活者は、年金だけで食べていくのは難しいことを知っている。さりとて、少子化で若い人に負担を強いるのも心苦しい。こんな時代に、宇宙に目を向け、宇宙科学とさらに宇宙ビジネスの発展に思いをはせる余裕はあるだろうか。

 しかし、国はあらゆる分野でしのぎを削っていかねばならない。おりしも、はやぶさ2が小惑星リュウグウにタッチダウンし、いよいよ岩石の採取を始めるというニュースが飛び込んできた。はやぶさ初号に続く日本の宇宙科学における快挙だ。重力のほとんどない小惑星の岩石は、太陽系誕生のなぞに迫る材料を与えてくれるという。
 
 同時に、この快挙は、日本のイオンエンジンや宇宙太陽光パネルなど高い技術を世界に示す機会にもなる。この事業を担うのがJAXA(宇宙航空研究開発機構)である。2003年に3機関が統合して発足したJAXAは、現在、国立研究開発法人になって、職員1500余人、予算は1500余億円のいわば日本の国策を遂行する機関だ。

 しかし、現在では、宇宙に関しては国策だけではなく、アストロスケール社など民間事業者が宇宙旅行ビジネスに参入し、民主導の宇宙ビジネスが有望になっている。JAXAは、ベンチャーとの連携や技術協力など新たな方向に踏み出している。まさにその話をJAXA新事業促進本部の杉田尚子課長にお聞きしたばかりだ。

 世界の宇宙産業の規模は404億ドル。その内、半分はアメリカ、アメリカの10分の1が日本である。EU、仏、独など欧州を合わせると日本はその5分の1である。中国は日本より多く、ロシアは少ない。インドなどの新興国も宇宙産業に乗り出していることが知られている。つまり、宇宙産業は国力を競う舞台でもある。

 JAXAはまさにナショナルフラッグを背負って、民間宇宙ビジネスに取り組んでいるが、アメリカに比べると2周遅れの感があると杉田課長は言う。それでも、昨年政府が公表した「宇宙産業ビジョン2030」は、安全保障確保、宇宙利用の拡大、宇宙科学の成果などがビジョンとして描かれ、日本の第4次産業革命に資するとしている。大いに期待したい。

 世俗の安寧福祉と科学を駆使した新時代への夢、その二つは両立してほしい。
 
 

[2019/06/08]
多自然主義



 多自然主義の自然保護学者である岸由ニ慶大名誉教授の話を聴く機会を得た。先生は、手つかずの自然を理想とする「近自然主義」に対し、人間の活動とともに変化する生態系の現実に沿って進める「多自然主義」を唱える。
 
 岸先生は世界的な名著、ドーキンス著「利己的遺伝子」の翻訳者の一人であり、筆者は大いに興味を惹かれた。そして、筆者の長年の疑問は、自然保護主義が、原発反対、自衛隊反対とともにラディカルの政策パッケージに入ってているのはなぜかであり、答えが欲しかった。結論から言うと、岸先生は見事に答を示唆した。

 多自然主義は、人間の活動を進めることに反対せず、また、外来種をそれだけの理由で敵視するのではなく、それらと調和をとりながら新たな生態系を作っていくという考えである。先生は、この考えを以て、自然保護の現場と学問を往復しつつ、政府や自治体の都市計画に具体的に携わってきた。

 神奈川県の鶴見川流域では絶滅寸前のアブラハヤを流域内移動で蘇らせた。その時はラディカル団体から、アブラハヤを移動させるのは遺伝子攪乱だと反対された。科学的根拠はない。他方、政府や官僚には明らかな開発主義者がいて、自然保護に興味を持たないために仕事が進められないこともあった。左と右の対立の間隙を縫うような形で自然保護に勤しんだのである。これを聴いて、多自然保護は近自然保護(ラディカルの多くはここに属する)と異なり、開発主義に対抗するためではない、科学的根拠を重視する発想だと理解した。

 三浦半島の滝の川流域にある小網代では、耕作放棄地のササを刈って大規模な湿原地を回復させた。現場での仕事を続けるうちに、先生は流域思考にたどり着く。流域とは水のある生命圏を生きる人類の足元に広がる生態系だという。したがって、流域開発が自然に委ねる自然保護の方法そのものである。一旦は、国交省の理解も得た。

 しかし、現在は残念ながら、国交省は、流域開発ではなく、里山構想を政府の看板事業にしている。看板事業はある日突然変わるそうだ。確かに、里山も中山間地も、果てはソサエティ5も国民に示されるときは内部の審議が終わってからだから、いつも突然でしかも科学的説明が下手だ。里山など誤解だらけで、何が目的なのかも一般に知られていない。

 特に、筆者のような都会育ちは、「ウサギ追いしかの山」が日本人の故郷だと言われると違和感を持つくらいだから、理屈の分る自然保護政策でなければ納得しない。その意味では、科学的根拠も明確で、政府よりも説明がうまく、ラディカルの教条主義に与しない岸由ニ先生の話は、実に腑に落ちた。

[2019/05/28]
宇宙風化



 月面の黒い影は、昔から、ウサギが餅をついている姿だと伝えられてきた。外国でも何かの形になぞらえて語られてきたと言う。宇宙に影絵師がいて、時にはかぐや姫を降下させることもした。

 科学では、月の黒い影は、いわば日焼け(宇宙焼け)で色が変わった部分だと説明される。はやぶさ初号が小惑星イトカワにもこの宇宙焼け(厳密にいえば表面に近いところの物質の変化)があることを発見し、これは月と同様の宇宙風化によるものと説明され、宇宙風化は科学の世界で証明された。
 
 宇宙風化の第一人者である廣井孝弘・米ブラウン大学上級研究員は隕石の研究者であり、2006年にネイチャー誌にこのことを明らかにしたが、初めは、「宇宙風化は存在しない」という科学上の反対派に阻まれて論文の掲載も難しかったと言う。先生は、今回のはやぶさ2が小惑星リュウグウから持ち帰るであろう物質の宇宙風化も予言していて、かつ、はやぶさのミッションである太陽系ができたころの不変の物質は宇宙風化の下にあって、持ち帰ることができ、宇宙誕生の理論に大いに貢献するはずだと言う。

 宇宙というと、アインシュタインやホーキングを思い浮かべ、物理の世界と思いがちだが、鉱物・岩石からのアプローチがあることを知った。門外漢には、「物」の存在から理論化されるほうが分かりやすい。ちなみに、アメリカに次いで隕石保有の多い日本だが、隕石はいわば大気圏で焼け焦げになった残骸であり、はやぶさ1・2が持ち帰る「生の岩石」とは異なるという。
 
 はやぶさプロジェクトの快挙で、夢は膨らむが、廣井先生は、日本の宇宙科学予算の少なさやポスドクの扱いの悪さなどを辛口で指摘し、日本の科学への貢献に障害が多いと主張する。それに、宇宙風化について論文掲載が難しかったばかりでなく、科学ジャーナリズムの理解も遅かったと指摘する。これは、2年前、筆者が出席した会議で中村修二先生(青色LEDでノーベル賞受賞)が日本の科学政策やジャーナリズムを批判したことと通じる。
 
 キリスト教など宗教ばかりでなく、ウサギが餅つくなどの迷信も科学研究の前に立ちはだかることが多いのは歴史が教える。非科学性を打ち破るのは、数年後にはやぶさ2が持ち帰る小惑星リュウグウの石だ。「ほらほら、これが宇宙風化。迷信は風化せざるを得まい」。

[2019/05/25]
プレシジョン・メディシン



 プレシジョン・メディシンは、個別化精密医療と訳されている。英語のまま使われているのは、言うまでもなくアメリカがトップを走る研究分野だからである。分りやすく言えば、女優アンジェリーナ・ジョリーが遺伝の家族歴から、発生率の高い乳がんを予防するため乳房を切除した医療のことである。遺伝子分析をもとに行われる。

 日本でも、「未病」すなわち将来ありうる病気を防ぐ医療が学問の分野で意識されてきているが、かかる先進医療は、既得権化した健康保険制度を脅かす可能性があり、医師会の反対があって、厚労省が及び腰だ。

 しかし、この度、島津製作所のフェローであり、コロンビア大での研究歴が長い、筑波大プレシジョン・メディシン開発研究センター長も務める佐藤孝明先生のお話を聞く機会を得、日本がもっと踏み出すべき分野であるという確信を得た。

 先生によると、日本人の遺伝子は、アメリカ人のような混血が少ないためホモジーニアス(同質的)であり、特有の病気とそれにつながる特効薬の発見に有利な研究対象だそうだ。3世代さかのぼってそこに含まれる10家族の遺伝病歴を調べると、特に若年性がんについては、アンジェリーナのように自分自身の将来の発症が予測できる。ガンばかりではなく、うつ病や認知症の予測も可能である。
 
 現在、そのための遺伝子(ゲノム)分析は、日本でも始まっているが、厚労省はゲノム分析の多くをアメリカに頼っているため、日本でも整備を急がねばならない状況にある。分析に必要な次世代シークエンサーという高額の機器も海外からの輸入である。

 平等でアクセスに優れた我が国の健康保険は誇るべき制度ではあるが、それが先進医療を阻害するのであれば、日本の将来にとって好ましくはない。厚労省が決めた「標準医療」以上を求めるなという姿勢や、ノーベル賞受賞者本庶佑先生が開発したオブジーボに関し、先生とドル箱を得た小野薬品との間で和解が成立していないように、低コスト化や対象拡大に向けての研究に十分な資金が流れないようでは、先進国の面目が立たぬ。

 はやぶさ2の快挙によって、宇宙開発のニッチの分野で日本の業績が燦然と輝くことが確かめられたように、ホモジーニアスな遺伝子を使って、日本の研究が先陣を切るように乗り出すべきである。かつて某政治家が「一番でなくて二番ではいけないの」と暴言を吐いた、その考えこそが日本の夢と可能性を潰すのだということを痛感する。

 

[2019/05/02]
先進茨城県はあるのか



 茨城県人の自虐ネタは「相も変わらず全国魅力ある県47位、つまりビリ」であることだ。茨城県人の自慢は「農作物の北限南限のすべてが穫れる全国2位(時に3位)の農業県」であることだ。これだけ見ても、茨城県は印象が薄く、全国に知られていない県と言ってよい。

 歴史をたどれば、尊王攘夷の源である水戸藩は、桜田門外の変で失敗し、後進藩であるはずの薩長に尊王攘夷の旗手を奪われ、明治の藩閥政府の下では冷や飯食いになった。水戸藩(茨城県)の得た公職はお巡りさんばかりだった。
 
 そのせいもあって、近代政治になっても大物政治家が登場せず、梶山静六が総裁選に出たのが頂点で、勿論、総理大臣の登場は誰も期待していない。安倍首相が山口県(長州藩)8人目の総理であるのとは対照的だ。

 しかし、尊王攘夷を掲げたこの2つの県はその保守性において相似する。ただ、同じ保守でも中身は違い、長州(山口県)が成り上がり者の策士と陰険さを持つのに対し、水戸(茨城県)はあっけらかんの風情で、他人に褌(ふんどし)を取られても気づかないような楽観主義だ。

 そんな風土だから、戦後公選知事になってから、初代の官選知事からの転換を除くと、60年近くもたった3人の知事がいずれも長く藩主のごとく「君臨」してきた。変化を拒む保守性の土壌は、茨城県を知名度の低い特徴のない県にしてきた。2017年、通産省出身、トップビジネスマン、海外にも通用する大井川現知事が現職を破って当選したときは、何かが変わるという期待感が久しぶりに漂った。
 
 しかし、優秀であるはずの現知事もかなわぬ保守性の壁に突き当たったのかもしれない、やはり茨城は茨城のままだ。県庁の組織改正も驚くほどのものではない。

 ところが、ここに来て、現知事がLGBTのために差別禁止の条例を制定したいと意思表明したのである。知事の国際社会での活躍歴や夫人がリベラル弁護士であるという観点から見れば、決して驚くべきことではないのだが、保守土壌は今、騒然としている。LGBTのパートナーシップを積極的に認めるのは、渋谷区、世田谷区、杉並区などいずれも都内であり、しかも、首長はリベラル系だ。大井川知事は自民が推す保守系なのである。

 どうやら自民党の反対で、条例まではいきそうにはないが、知事は何らかの形でLGBTの権利確保を約している。このことは筆者が2000年、山口県副知事の時に全国3番目に男女共同参画条例を制定する過程で激しい反対運動に遭ったのを思い出させる。国からの出向だから、筆者は全国に先駆けたかったのだが、保守土壌の下では、47番目になるまで待てばよかったと今では思っている。ちなみに山口県庁が県庁ランシステムを取り入れたのも全国47位だった。
 
 大井川知事さん、LGBT容認を全国に先駆けるのは、茨城県では難しい。魅力ある県47位なのだから、47番目まで待つしかない。それよりも、知事の得意なビジネスの世界で、イノベーションの世界で、先進県を目指してほしい。筆者も老婆となってやっと、土壌が整わなければ種をまいても仕方ないとの思いが先んじるようになった。老婆心からのお願いだ。



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