元衆議院議員(茨城県第6区)[無所属]大泉ひろ子オフィシャルサイト -大泉ひろこの徒然草(つれづれぐさ)-
大泉ひろ子のプロフィール 日々雑感バックナンバー 後援会・党員・サポーター募集
日々雑感
[2018/11/26]
若者の主張



 過日、ある公益団体の主催する若者の弁論の審査委員を務めた。予選を勝ち上がってきた若者たちは、いずれもプレゼンがうまく、納得させる内容であった。
 若者が選んだテーマは多岐にわたった。自らの国際体験や社会問題も勿論あったが、異色だったのは、志の立て方ややる気の出し方といったテーマが登場したことだ。前者は偉人に学べ、後者は心理学を使って心の発露を見つけろ、というもので、力作であった。
 聞きながら思ったのは、我々団塊世代は、いわば満員電車に乗せられて、進学、就職、結婚という名の駅を、仲間に引きずられて大量に降りて行った。降り立つことに疑問を差し挟む余地はなかった。みんなが当たり前に考える人生の夢を端くれでも持っていれば、簡単に結果を得たような気がする。
 しかし、今の時代は難しい。より高学歴化、専門化、少数精鋭化した中で、いかに志を立て、いかに目的意識を以て生きるのか、それ自体が大きなテーマになっている。考えあぐねて引きこもりになることもあろう。志を持て、やる気を出せ、というテーマは抽象的だが、若者の、しかも多くの若者の悲痛な思いを表したものであることが分かった。
 これに対して、筆者は若者に助言する術を持たない。確かに、人生の分岐点ごとに進む道を決めてきたが、判断ミスも多く、さりとて、いま、後悔しているわけでもない。人生はやってみないとわからないからだ。逡巡する暇はなかった。長らく生きれば、そういう結論になる。だから、考え過ぎずに前進あるのみだとしか言いようがない。
 もう一つ、若者のテーマの中に、性道徳が入っていたのも驚いた。若者の行き過ぎた性交渉を憂慮し、結婚と性を同時にすべきであるとの主張は、団塊世代よりも以前の「リバイバル」である。家族社会学の山田昌宏教授によれば、団塊世代前後は恋愛と結婚がイコールであり、今の若者は恋愛と結婚を分けて考える、そのことが少子化を生むと言う。卓見だ。実は若者は出会いがないから結婚しないのではなく、恋愛と性のフリーマーケットの中で、結婚まで至らないのだと言う。
 こうなってくると、古色蒼然の団塊おばさんが若者に助言することはできない。時代逆行は難しい。しかしながら、若者の間から、性交渉の行き過ぎのテーマが出てきた事実は、ファッション化した潮流に入れない人が存在することを意味する。志を目指して「自分探し」を続ける若者がいるのと同様、潮流に流されたくない「自分」がここにもいる。
 西洋の諺Strive not against the streamは、東洋でも同様、流れに棹さすな。流れのまま生きれば一定の結果を得た我々古い世代は、流れに乗れない若者を守り、その力を信じよう。彼らの手によって21世紀の奇跡が起こることを祈る。

[2018/11/23]
ケアマネジメント



 ケアマネジメント研究の第一人者白澤政和桜美林大学大学院教授のお話を伺う機会を得た。教授は、今年、「ケアマネジメントの本質」(中央法規)を出版し、三井住友海上福祉財団賞を授与された。その授賞式の席上のことである。
 言うまでもなく、ケアマネジメントは介護保険制度成立と共に導入された概念であり、利用者に合ったケアを計画し作成する方法のことである。アメリカでケースマネジメント、イギリスでケアマネジメントと呼んでいたが、日本はイギリス式の名前を採った。
 そもそもこの方法は、1970年代後半のアメリカで、福祉利用者が選んだ窓口によって受けられるサービスが異なるのは不合理と見て、福祉全体の横のつながりを大切にしながら、ベストのケアを選ぶ方法論として開発されたものである。精神病患者に施されたのが始まりである。
 白澤教授の論点を簡潔に言うと、日本は、ケアマネジメントを介護保険の利用者に付随した概念として捉えるあまり、老老介護にあたる家族介護者や、障害者、あらゆる年齢の福祉需要者に対する視点に欠けていると指摘する。
 高齢者の自立をケアの目的とするときに、子供時代から高齢に至る今日までの生活の連続性を保障する観点が必要である、と教授は言う。心身の自立を自己決定するのは高齢者自身であり、生活の連続性からくるその中身は人によってそれぞれ違っているはずである。
 教授によれば、実は、介護保険制度が始まってから、介護不安はより高まっている。これに対応して、ケアマネジメントは「丸ごと、我が事」相談ができなければならない。生活の連続性、家族介護者の視点は勿論含まれる。さらに地域支援も取り込まれねばならない。高齢者一人のためのケアマネジメントであってはならないのだ。教授がケアマネジメントの本質として主張するのはこういうことだと私は理解した。
 白澤教授は80年代、ミシガン大学の老年学研究所で学び、ケアマネジメントの研究を始めた。私は、その数年前、70年代、ミシガン大学で行政学修士を修めた。筆者が人事院留学生としてミシガン大学を選んだのは、留学の1年前の1974年、ミシガン大学に全米初の老年学研究所ができたからである。筆者は当時、厚生省の老人福祉課にいて、老年学研究所の単位もとりながら勉強しようと決めた。実際、修士論文は、アジア系移民の老年をテーマにした。
 今も、ミシガン大学老年学研究所出身の学者は日本でも多い。高齢社会への関心が今ほど高くない時代に、老年学のメッカであるミシガンで学んだ経験を共有したことにより、筆者は白澤教授の研究に興味を持ち、応援していきたいと思った次第である。

[2018/11/22]
地中海ダイエット



 最近、磯田博子筑波大地中海・北アフリカ研究センター長のお話を聴く機会を得た。日本、チュニジア及びモロッコの間で生物多様性条約に基づく契約を結び、磯田教授は頻繁に現地に足を運んで地中海に自生する食薬を研究している。生物多様性条約を巡っては開発途上国と対立しがちだが、将来の製品化を視野に入れて、利益配分等も明確にしたと思われる。
 日本では、地中海ダイエットがかなり浸透していて、「我が家はオリーブオイルしか使わない」という人がいる。そのオリーブは赤血球を増やす作用があり、他にもイスラムねぎは非アルコール性肝炎に効く等々、伝統的に薬効ある植物のエビダンスを引き出すのが先生の研究である。ローズマリーやアロマは欧州発だが、香りの「薬効」も研究対象である。
 古来、エジプトのピラミッドが盗掘されたのは、金銀財宝と並んで、ミイラの「薬」としての価値を見出していたからだ。アジアでも、漢方薬となる植物や朝鮮ニンジンは高価であり、大切にされてきた。動物も、回春作用のあるスッポンは貴重で高価な食物である。しかし、これらの多くは、経験的に効用があるとされてきたのであって、現代になってその薬効の成分分析や効用のメカニズムが明らかにされている。まだ端緒と言ってよいのかもしれない。
 今回のノーベル医学・生理学賞受賞者に決まった本庶佑教授は、癌の免疫療法のメカニズムを解明した。かつて丸山千里日本医大教授が、結核患者にがんが少ないのに着目し、結核菌から抽出した丸山ワクチンを開発し厚生省に申請した。しかし、先生が亡くなって30年近く経つ今も承認は得られていない。これこそ癌の免疫療法であるが、効用のメカニズムが解明されないままであった。本庶教授は、免疫療法のその解明によってノーベル賞をを受賞したのである。
 それでも、多くの癌患者が丸山ワクチンを求め、自主的に使用してきた。地中海ダイエットにおいても、経験的に効用があって現に使われているものを科学的に解明していく、ある意味での「創薬」を目指す研究である。医食同源、薬食同源の世界を広げる期待の高い研究と言えよう。
 現実の世界では、これ一つ飲めば、病気が治る、美しくなるという製品の宣伝に出くわし、いずれも信じがたい。何か一つの摂取で健康になったり、綺麗になったりした人に会ったことがないからである。思い込むことによる精神的効用があると言えばそれまでの話だが、研究が進み、エビデンスの有無が大抵明らかになった時には、「昔はものを思わざりけり」になること必至である。

[2018/10/30]
発達心理学を政策に活かせるか



 最近、発達心理学者の渡辺弥生法政大学教授の話を聴く機会があった。子供の認知の発達は、鏡の中の自分が分かる、ずるいと思う感情、嘘をつくなどから、段階を経て成長するのが観察できる。9歳の壁があって、他者との関係、道徳、過去未来の意識、抽象的思考が芽を出す。この時期、聴覚障害の子供は発達において困難な状況を迎える。とりもなおさず、この時期はコミュニケーションが重大な道具となるのである。
 感覚的には分かっていることだが、専門家はデータで事象を科学する。筆者はおよそ心理学を勉強したことはないけれども、納得のいくお話しであった。では、発達心理学の成果は政策に活かされているのかと渡辺教授に問うと、先生は「そこが心理学者の弱いところ」と答えた。つまり、データ分析に留まり、行政に働きかける動機には欠けるということだ。
 文科省でも厚労省でも、審議会に発達心理学者は入っているだろうが、確かに、それが、学習指導要領や福祉サービスの内容に具体化されたのは目にしない。「心」を強調する学者は多いが、この抽象概念は政策化できないのである。
 子供だけではなく、老人についても、老年心理学の分野がある。認知症のケアに、老年心理学を活かした現場レベルでの対応はあっても、政策がそれによってできているわけではない。現場でも、老年心理学の応用は手探り状態であろう。
 ノーベル生理・医学賞を受賞した利根川進氏は、かつて「21世紀には、人間の心が何であるか生物学的に解明される」と宣言したが、脳科学の目覚ましい発展がみられたものの今日まだその全容は明らかではない。生物学的に解明されない限り、「心」の政策はできないだろう。政策もまた科学性を求められるからである。
 筆者は、長らく、心理学は果たして科学なのか疑問に思っていた。生物学などと学際的研究を進めることにより、もう少し、政策的に活かす方法を考えても良いかもしれない。

[2018/10/27]
新政党はあるのか



 ここ数日の間に、小沢一郎氏の会に出席し、菅直人氏に偶然出会った。話の内容は控えるが、政局の人小沢氏や市民課題的政策の人菅氏は、安倍首相の活躍の遠い背景に存在している。
 自民党に投票する人が1800万、野党全てを足すとその数を超える。2009年、投票率が70%以上に上がって、新たな2000万票が民主党に加担し政権交代を実現した。今、その2000万は動かない。
 民主党惨敗の後、維新の党が勢いを得たこともあったが、元党首の橋下徹が近著の中で「維新はもうだめ」と書いているように、地域政党のまま低迷している。小池百合子の希望の党も飛ぶ鳥の勢いから、党首の排除の論発言により一気に落下した。
 野党連合は困難だ。自分の党の比例票をいかに稼ぐかが優先であり、たとえ連合して選挙で勝ったとしても、連立はすぐに崩壊することが国民の目に見えている。だから、橋下氏や小池氏のように、新たな政党を作らねば2000万は食指を動かさない。
 橋下氏が近著で「自民を消極選択する国民が真に望む政策の旗を挙げて、組織を作れ」は自民以外の万年野党となった残滓への唯一かつ適切な助言だ。しかし、なぜ彼自身は政治を引退して外野から発言しているのか不明だ。大阪都構想が受容されなかったからというのでは、新しい政党は政策ごとに現れては消え、を繰り返すことになる。
 橋下氏は雄弁だが、書にしたとき、勇み足であり系統だっていない。処々で書いた短文を組み合わせた結果、読者を納得させる論理が欠如してしまったのかもしれない。しかも、隗より始めよの諺は彼のためにある。
 安倍首相はトランプに引き続き、習近平とも蜜月を演じ始めた。外交での活躍は中曽根元首相以来かもしれない。中曽根氏は外交成果を自賛しつつ、国内では公社民営化や教育への情熱を燃やした。安倍首相は、憲法改正を言う前に、国内課題に情熱を傾けてほしい。少子化も、アベノミクスも、イノベーションも、財政再建も危うさが目立っている。
 いかに野党が脆弱であったとしても、もしかしたら、意表を突く新たな政党が全く現れないとは言えない。2000万を動かす力を国民は期待している。ただ、余計なことを言えば、新たな動きには、旧民主党の面々は外し、新たな人々でつくるべきだ。でなければ、自民党には敵うまい。

[2018/10/25]
日本は資源を守れるか



 産総研地質調査総合センターの高木哲一上級主任研究員によると、資源小国と言われる日本でも、石灰石、粘土、砂など身近な非金属資源は国内鉱山で賄ってきたが、コンクリートを作る骨材資源(砂・砂利)の減少、陶磁器の材料となる粘土の枯渇などが指摘されて久しい。しかも、非金属自体の価値(金額)が低く、トラック輸送などのコストに対し割が合わないという問題もある。
 非金属資源の消費量は、例えばタイルを使うことは少なくなり、減少し、底打ちして止まっている。非金属の採掘は環境破壊とも結び付けられ、リサイクルもガラスなど一部を除いてはできないものが多いため、国内で採掘できる資源でありながら、未来への応用、産業への活用などの政策が明らかではない。
 八木信行東大大学院農学生命科学研究科教授によると、生物多様性条約(略称BBNJ)は、2010年のCOP10では、名古屋議定書が採択され、日本のイニシアチブが発揮されたが、海洋遺伝資源(必ずしも漁業資源ではない)の利益配分という、先進国と開発途上国の利害が反目するところで、条約の成立までまだ困難が多いと言う。しかも、アメリカが参加していない。
 海洋国家で海洋資源については利害関係の最も大きい日本であり、また、非金属は資源小国日本の貴重な資源であることを考えると、これまで目立たなかったこれらの分野での日本の活躍を望みたい。女性活躍社会やワークライフバランスや地方創生など官制社会運動ばかり増えるが、科学は社会運動ではできない、優先的に予算をつけて資源問題などの解決に向かってほしい。ノーベル医学・生理学賞を受賞した本庶佑先生が強く主張されている点だ。

[2018/10/09]
改めて、国連



 10月24日は国連の日。1945年この日、国際連合は発足した。日本は、1952年のサンフランシスコ条約で国際社会に復帰したが、1956年の日ソ共同宣言でソ連との国交回復後に国連に加盟した。
 以後、岸信介が60年安保改定を乗り切るために、日本の外交はアメリカ一辺倒ではないとして、国連中心主義を掲げた。国連中心主義という外交方針が採られるようになった所以であるが、現実には多くの人の目では、日本の外交は安保体制を中心に行われてきた。国連中心ではない。
 アメリカに次いで国連に対し第2位の拠出国であり続けた日本は、長らく、安全保障理事会の常任理事国に入ることが念願であった。しかし、来年から、中国が日本を抜いて第2位の拠出国になることにより、この件は実現できそうもなくなった。目標を失った日本は国連外交で今後何を目指すのであろうか。
 国連は、安全保障理事会が拒否権によって機能しない代わりに、経済社会理事会の開発・人権に関わる仕事に力を入れてきた。日本も人間安全保障の分野で活躍したが、一方、開発援助の分野では、90年代には援助額で1位を誇ったものの、今では5位に落ちている。日本の有権者は長いデフレ経験から「日本の格差が進んでいるのに、海外援助する必要はあるのか」という意見が多くなっている。
 筆者はかつて国連総会で設立されたユニセフに出向したことがあり、国連の仕事の一端を担った。開発途上国の情報の蓄積が大きく、日本政府にとっても利用価値の高い機関と思われた。しかし、今も昔も、国連と国連関係機関に日本はあまり進出しない傾向がある。単純に、日本人は英語が下手で人材がないという理由もあるが、今や大国日本にとって、国連の存在自体が薄れたこともあろう。
 日本は、国連においても、アメリカの意向を支持してきた。現在、トランプ大統領は明らかに国連を軽視している。最近亡くなった二代前のコフィ・アナン事務総長はブッシュ大統領のイラク戦争を批判してアメリカの不評を買い、潘基文前総長はISISに手を打たず、韓国人脈を築くのに終始したと言われる。ポルトガル出身のグテーレス現総長は国連の力量回復に貢献できるか。彼は、暗にトランプを批判し、長崎の原爆の日に来日した人である。日本はどう付き合うか。
 日本が国連を使って国の法制度を変えてきたものがある。それは、1991年の湾岸戦争の時、国連決議の下で諸外国が出兵するのに日本は自衛隊の派遣ができなかったことに始まる。出兵の代わりに1兆円もの軍事費を提供したにもかかわらず、全く感謝されず、1992年、PKO法を作り、自衛隊の海外派遣を可能にした。2015年の安保法制は、実質日米同盟のためだが、集団安全保障の考えは国連活動においても必要であった。 
 秋は国連平和デーや国連ガールズデー等関連行事が多い。日本は国連という道具をどう使っていくのか、あるいはもう使わないのか、明らかにする良い機会だ。そうでなくても、世界は、米中経済戦争、新たな権力集団と言われるGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)で動いている。国連の影が薄いと思うのは、筆者だけではあるまい。
 

[2018/09/27]
新潮45問題



 標記については、連載「リベラチェ アット ハート」の関連記事として掲載しましたので、右のアイコンからアクセスしてください。

[2018/09/27]
貴乃花は人生相撲に勝つ



 オリンピックが近いことと関係あるのか、最近はスポーツ界のパワハラとガバナンスの問題が次から次へと報道のターゲットになっている。レスリング、ボクシング、アメフト、体操、・・・就中、相撲は国技であり、日本社会の問題と言っても過言ではない。
 筆者はスポーツの世界には疎い。しかし、今や、スポーツ界の問題というよりは、日本の会社組織にも通ずるガバナンスのあり方が問われている。貴乃花が投げかけた問題は、どこの会社にも存在する。「全て前例に従えではなく、合理的に判断し、もっと組織の風通しをよくしたらどうか」とは、つねに若い人が上司に向かって進言してきたことであろう。上司は、これに応えず、人事で彼を干すという姑息な報復をする。
 貴乃花は何度も同じ進言をしつつ、ついに疲れた。降格人事や、一門に属さない彼の道を閉ざすルールがつくられ、「もはや、これまで」と引退を決意したのだ。マスコミは賛否両論で、「一本気の改革派」と好意的にとらえる場合と「協会とうまくやりつつ、自分の我がままよりも弟子を大切にすべきだ」と彼の攻撃に回る場合とがある。
 貴乃花がすべて正しいかどうかは不明だ。しかし、彼は、会社に合わないからすぐに辞める今風の新入社員ではない。国民の歓喜をもたらした大横綱を全うし、一代年寄株を得て、自らの相撲道を実現したかったのだ。日本のため、日本人のため、だ。彼は入門して既に30年の年月を経ている。これだけの経験者をそして偉丈夫を「もっと周囲とうまくやればいいじゃないか」の意見で片付けようと言うのか。間違いだ。
 20年以上も前、筆者が厚生省の課長だった五月の子供の日、貴ノ浪関(故人)が厚生省前玄関の鯉のぼりを挙げに来た。その年の初場所優勝者がその任に当たるのが慣習となっていた。貴ノ浪は20歳ちょっとで、筆者の年齢の半分以下だったが、食事をしながら聞いた勝負師の哲学は、身も震えるほどすごいと感嘆した。豊かな言葉遣いや身に付いた人生哲学に「成熟」を見た。役人人生の筆者が幼く思えた瞬間だった。
 道を究めた人を悪しざまに扱ってはいけない。貴乃花は必ずや人生相撲に勝つ。社会は彼を十二分に受け入れ、応援すべきである。
 

[2018/09/10]
少子化政策の提言



 標記について、あるシンクタンクに提出した文章を、容認を得て掲載することにしました。右アイコンからアクセスしてください。



前ページTOPページ次ページ






(↑)このページのTOPへ

プロフィール 日々雑感バックナンバー 後援会募集 HOME

(C)2009. HIROKO OOIZUMI. All rights reserved.