私は、2003年、衆議院議員選挙で山口一区から民主党公認で出馬して敗れ、引き続き2004年、突然引退した民主党松岡満寿男に代わって、参議院選挙で山口県選挙区を戦ったが、これも敗退した。
2007年、今度は居住地の茨城県第6区に公募して再び衆議院選挙に出馬する際、当時民主党の選対委員長だった赤松広隆氏は、私に、「民主党の考える3大保守県は山口、群馬、茨城だ。あなたはそのうち2つも挑戦するのだね」と言って笑った。何も笑うことはないのにと思いつつ、自分の結果的な選択にみじめさを感じた。つまり、勝てそうもない所で戦わねばならないよ、という指摘だと思った。
山口県では、民主党平岡秀夫が佐藤信二をやぶって議席を維持し続けたが、残りの3選挙区は徹底的に自民党で占められていた。山口4区安倍晋三の選挙区も誰が出ようと歯が立たないところであった。私は、厚生省時代、自民党の社会部会に属していた安倍晋三に説明をしに行ったことがあるが、当時は印象の薄い、理解度の低い若い議員であった。山口県副知事に赴任してからは、当時の知事が林義正と縁戚にあり、安倍とは距離があったために、安倍のパーティーは私が代理で出る役目だった。
地元のパーティーでもあまり印象の残る人ではなかった。岸家から安倍家にわたって三代仕えたというお手伝いさんの話では、「晋ちゃんは高校生の頃、とても美男子だった。でも、体が弱くて持病があって」と聞いていたので、大腸炎で総理の職を投げ出したときは驚かなかった。
安倍の祖父岸信介が東京帝国大学法学部を出て農商務省に入省したときの直属の課長が私の祖父大泉勝吉だった。わが父も幼少のころに会った岸信介を覚えていると言った。岸は跳びぬけて優秀だったそうだ。農商務省が農林省と商務省に分かれるときに岸は商務省を選んだので、勅任技師で農林省に残った祖父との縁は切れた。その話を安倍にしたところ、極めてつまらなそうに、「ふん」と言っただけだった。名家の御曹司にとって、馬の骨のような人間との縁は語るに落ちる。あるいは、戦前の選良の世界を理解していなかったのかもしれない。
正直なところ、この影の薄い人が総理になるとは思ってもいなかった。学問は好きでないようであるし、留学した南カリフォルニア大学も単位ゼロ、つまり勉強した形跡がないということだ。小泉政権になって官房長官に抜擢され拉致問題に執念を燃やし、岸信介がやり損ねた「自主憲法」制定に意欲を燃やし、愛国心の言及やら日教組つぶしが目的の教員免許更新制度やらを教育基本法に求めた。
もっとも、これらのことは、岸信介の孫でなくても、長州山口の土壌を想えば、現今でもわりとある考えなので、驚くに当たらない。なにせ、2000年に当時は全国的に当たり前と思われていた男女共同参画条例を制定しただけで、私はアンチ長州思想を持つとして、右翼新興宗教に脅迫されたり、今は廃刊になった右翼誌「諸君」に批判されたりと、東京の感覚では信じられないことが起こる「日本のチベット」の地だからだ。
その山口県は、伊藤博文以来、8人の宰相を出している。もっとも、8人目の菅直人は高校から東京に転校したので、自民党籍を持つ当時の知事は菅を山口県出身とは認めようとしなかった。伊藤博文も通算4回総理になっているが、安倍も戦後では吉田茂の例から途絶えていた、返り咲きを果たした異色の総理ということになる。しかも、自ら総理の職を擲って、自民党の中からも批判を受けていたにもかかわらず、だ。
自民党も人材がないのであろうか。客観的に見れば、総選挙直前の総裁選で、知能指数からいえば林義正が群を抜いていたが、そういう理由では選ばれないのだ。また、かつて、「加藤の乱」で失脚した加藤紘一は、自ら著書を表し、中曽根康弘の著書と並んで、優れた見識を披歴していたが、結局総理にならずじまいだった。
見識は総理になるための十分条件ではないが必要条件ではある。もちろん、学問だけではだめで、職業生活が見識を見識たらしめる、と私は考える。世の中で、押したり引いたりしながら、また、組織を率い組織の決定を別次元で達成していくことを学びながら、政治家としての質を完成していくものと私は信じる。
だから、職業生活をほとんど送らず、世襲だったり、地方議員から国会議員へと上がってきたりした人々に疑問を呈してやまない。「自分は大政治家のDNAを継いでいる」「後援会作りをしっかりやって票を出してきた」ということが国会議員になった理由であるとすれば、NEATと変わらない。つまり、ノーエデュケーション、ノートレーニングであることを証明しているようなものだ。
自民党だけの問題ではないが、こうした国会議員が多いのは自民党である。安倍総理も例外ではない。2012年の総裁選に出た四人が四人とも世襲であったのには呆れる。相撲や歌舞伎が世襲であっても構わないが、政治の世界の「志の世襲」はあり得ないし、やめてもらいたい。
安倍さんの場合は、2世代前の志の世襲なので、いかに何でもその志は古すぎる。戦後レジームはアンシャンレジームなどと言っても、日本はレジームを利用したり、乗り越えたりしながら経済社会を発展させてきた。戦後レジームが固定化したような議論は通用しない。
憲法9条ですら、解釈で自衛隊を違憲としていないのだ。日本の今日までの繁栄は、アメリカが日本を戦争できない国にしてくれたおかげで、経済社会への投資を思う存分やってくることができた。これが軍需産業中心だったら、日本は北朝鮮のようになっていたかもしれない。
国防軍をつくる、愛国心教育を復活させるのは、戦後レジームが気に入らないからなのか。国防軍と愛国心教育が「美しい国」をつくるというのか。では、美しい国とは何? もっとも、安倍さんは、今回はあいまいな「美しい国」という表現をしてはいない。日章旗の歌のように、「ああ、美しい、日本の旗は」と押し付けても、戦前とは教育レベルが違いすぎて、今や「なぜ美しいか」を説明できなければ誰も納得しない時代になったのだ。そのことを安倍さんはようやく分かったのではないか。
安倍さんはそもそも経済の人ではない。強さに憧れる軍国主義とそれを思想に
支える教育の普及を考える人である。経済政策は、自分の本領に持ってく露払いである。それにしても、露払いの仕事にアベノミクスという名誉ある名前もつけてもらった。
インフレターゲット2%の金融政策、公共事業中心の財政出動、成長戦略は6月に財政諮問会議がまとめる、と禁じ手及び従来手法の入り混じった経済政策が出された。これに対し、市場がよく反応して、株価上昇と円安をもたらした。少なくも、この秋までに経済成長率で成果を挙げることができれば、2014年の消費税引き上げの「経済条項」をクリアし、実現することになる。
この一連の経済政策の推進役はエール大学名誉教授の浜田宏一内閣官房参与である。小泉純一郎が竹中平蔵一辺倒であったように、安倍さんは浜田宏一(新たなハマコウ)一辺倒となりそうだ。浜田参与も喜んで受け入れている。現に浜田参与は、最近の著書のあとがきで、安倍さんの「美しい国」を称賛している。
浜田参与のようなマネタリストを経済政策の中枢に置くのは斬新と言えば斬新である。ミルトン・フリードマンが「経済恐慌は、金融引き締めのせい」と言ったように、金融政策のやれる余地はまだあるのかもしれない。ただし、浜田参与の頭脳を安倍政権が共有しているかどうかはわからないので、 政治判断が思わぬ方向に行く可能性は十分ある。
5兆円の公共事業を含む2013年度補正予算は、いかにも自民党らしい政策だが、「これまでとは違う、例えばトンネルの壁が崩れ落ちることのないように国民の不安を払拭する公共事業を優先する」と強調すればするほど先祖返りに聞こえる。なぜならば、年度末に5兆円もの大規模な公共事業を予算化したところで消化できない。ということは、またぞろ不要な公共事業で埋め合わせをすることになろう。そもそも10年かけて減らしてきた公共事業の世界に専門的な公共事業を受注できる企業が十分にあるのかも疑わしい。
東日本大震災の復旧・復興も公共事業の人材不足と高止まりの被災地価格の問題があると聞く。そういう中で、全国版公共事業を始めたならば、ますます被災地の復旧・復興が遅れるではないか。現に、茨城県では、瓦業者はここ2年間、供給が間に合わず、西日本から業者が入っている。その専門性は低く、クレームも多いが、これらの業者ですら地元に公共事業が始まればわざわざ被災地にまで来て働かないであろう。
山口県出身の宰相が東北に思いを馳せるのか。東北地方は明治維新のときに東北諸藩連盟で幕府側についたために、その後140年間にわたって藩閥政治の犠牲になってきた。インフラ整備や社会サービスの政府投資は、西日本に比べると格段に少ないままで推移してきた。一人あたりの医療費が西高東低であったり、新幹線が西日本から整備されてきたりしたのは、もともと東北地方は意図的に置き去りにされてきたからである。
東日本大震災の後の総理はできるだけ東北に理解ある人であってほしいと思い、私は、民主党の代表選では2回にわたって山形出身の鹿野道彦衆議院議員を推したが、既述のごとく、震災よりもマニフェストよりも消費税に力を入れたドジョウに、総理の職を掬われた。
初代伊藤博文以来、総理大臣は長州である山口県が最多であるのを筆頭に、西日本出身が圧倒的に多い。東北は、原敬のような例外もあるものの、「地域階級制度」とでも呼べるような暗黙の基準で総理輩出に不利な条件を擁していた。2012年の総選挙前の自民党総裁選は、山口県(安倍)と鳥取県(石破)の間で行われた。両県とも、東京から遠い、なじみの薄い県であるにも拘らず、だ。
東北地方は、単なる復旧ではなく、140年にわたる政府投資における不利を覆すべく、徹底的なインフラ整備を行うべきと考えている。その中には、国際リニアコライダーの誘致、先進医療施設、健康の街づくりなどのアイディアが採り入れられねばならないが、聞くところによれば、遅々として捗らずだと言う。新たな公共事業の全国展開よりも、まずは東北復興であることは、一体どうしたのだ。
さて、アベノミクスの三番目である肝心の成長戦略は、小泉自民党の肝いりで作った経済財政諮問会議と今般創設した日本経済再生本部(竹中平蔵がメンバーとして返り咲いている)で6月頃に政策策定されるという。この動きの遅さには誰も気づいていないのか、あるいは、新参者民主党ではなく長老自民党のことだからマスコミも下手に書かないということか。
ここまでのアベノミクスは、ハイパーインフレの恐れや、銀行に金はあれど借り手がいない、公共事業は消化できない、財政赤字は拍車をかけて巨大化するなどの危惧もあるが、諸刃の刃と分かっていながら推し進めるのには理由がある。成長戦略で新たな成長産業を作り、金の借り手も、所得を得て消費する人も増えるという「皮算用」を前提にしているのだ。
その成長戦略をこれからひねり出そうとしているのだ。しかし、これが前提で金融政策と公共事業が決められているのに、成長戦略を半年後に策定とは聊か訝しく感じる。それもそのはず、成長戦略の決定打などないからだ。ごく一般的には、深尾京司氏の著書「失われた20年と日本経済」によれば、ICTの投資で生産性を向上させる、生産性の低い企業の退出を促し大企業の国内回帰を図る、対日直接投資を拡大させる、企業内トレーニングなどの人的資本を投下するなどが挙げられているが、さて、実際の効果はいかに。
民主党の成長戦略もこれらの政策の百花繚乱であり、斬新さを欠いていたが、ケ小平の経済特区に学んだ国際戦略総合特区は期待していいと思う。全国7か所で日本の成長産業を作り、日本の経済牽引の役割を果たそうとした。つくばではロボットなどの科学産業を、名古屋では国産飛行機製造の航空産業を、北九州ではリサイクル産業を、北海道では高品質の農業をと、全国7か所でアジアのマーケットに攻勢をかけながらの戦略が練られた。
しかし、民主党政治主導で行われた政策は悉く否定されるらしく、すでに、高校事業量無償化の所得制限導入、農家の戸別保障制度の見直し、事業仕分けの廃止、地方公共団体への一括交付金の廃止が決まっている。この国際戦略総合特区もつくばで僅かに今年度予算がついただけで、他の6か所は予算がついていない。
むろん、特区は、予算化よりも規制緩和の方が手法としては大きいが、しかし、公共事業に5兆円も予算を計上するならば、「国策会社」に大きな資本を投じ、経済成長を早めることを考えないのだろうか。ケ小平と中国を見習ってほしい。安倍さんの一番嫌いなことかもしれないが。
先日、日本一の技術を持つカーボンナノチューブの研究者から、「日本の企業はこの技術を製品化するのに及び腰だ」という話を聞かされた。逆に、アジアの国々は日本の技術を奪い取って産業化したいと虎視眈々と狙っている。日本は20年のデフレ不況の経験から、前に進む活力を失っているのではないか。このままでは日本はもうだめかもしれない。
もちろん、国際戦略総合特区は民間の力を信じて指定されたものであろうが、日本が意気消沈し、脆弱になりすぎて、設備投資や新商品の開発に意欲を示さないとすれば、政府が後押しするしかあるまい。いい例ではないが、戦前は、国策会社満州鉄道を進めるために、多くの日本人が大志を抱いて中国大陸に渡ったではないか。政府が国策会社をつくって日本の技術を売って歩くのも民間への呼び水効果として悪くはあるまい。
どんな成長戦略を立てても、日本の高度経済成長時代を知らない、低成長の時代認識だけで生きてきた人が多くなれば、日本全体のチャレンジ精神は失われる。もしかしたら、それが今の日本の生産性の低下や消費の縮小を生んでいる最大の原因かもしれない。
2013年6月に成長戦略が策定されるそうだが、日本のボトルネックを乗り越えるようなものでなければ、ありきたりの成長戦略の組み合わせであるのならば、まあ、期待はできない。これに期待できないとすると、先行する金融政策と公共事業中心の財政出動も、前提の経済成長なしでは、インフレ下のデフレ、つまりスタグフレーションと国の借金を膨大に増やす結果だけが残って、いよいよ日本は没落する。
もちろん、私がそれを望んでいるのではない。むしろ、勢いよく、インフレターゲット2%や財政出動を決めた安倍さんにエールを送りたいくらいだ。少なくも、民主党もインフレターゲットをはじめ経済政策はさまざまの議論をしたが、結果的に検討倒れで、それに比べれば、信念をもって始めた安倍さんは立派だ。ただ、失礼だが、安倍さんが考えたことではなく、浜田参与をはじめとするブレインであるとすれば、安倍さんは本気で自ら責任をとる覚悟があるかどうか、それを聞きたい。
夏までに、株価も円安も期待に沿い、名目成長率も上がる兆しがあるならば、7月の参議院選挙でも勝ち(少なくとも、民主党も維新党も伸びる要素はない)、いよいよ、安倍さんの世界が始まる。国防軍、徴兵制、教育勅語の復活、男女不平等制度、・・・歴史は繰り返すから、戦前を知らない人の戦前のノスタルジアを満足させる世界が広がろう。
今の時点でも、思わぬところにネックがあるのを安倍政権は知らないかもしれない。まず、国防軍になった途端、自衛隊のようには求職する若い人はいなくなるだろうし、幹部自衛隊員も辞職が相次ぐであろう。せっかく災害救助などで自衛隊のイメージを上げてきたのに、憎い隣国から国土を守るのが任務となったときに、戦前のような洗脳教育を受けてこなかった日本人は逡巡するはずだ。
そのために軍国少年をつくる教育勅語復活が先行しなければならないはずだ。現在では、子供は親の老後保障のための存在ではなく、育てる喜びのための「贅沢財」という位置づけになってしまったために、ますます出生率が下がると思われる。「国を守るために子供を産むなんてできない」。
今の日本人を前提にした国防軍や経済成長政策がいかに難しいかを安倍さんに認識してもらいたい。お祖父さんである岸信介の志を継ぎたいと言っても、時代背景があまりに違う。それよりも、自分自身が志を立てることを考えるべきではないか。遅きに失するであろうが、世襲を正当化する安倍総理に、自己認識と自分の論理で積み上げた政治を見せてもらいたい。
そうでなければ、安倍さんを受け入れられない。