元衆議院議員(茨城県第6区)[無所属]大泉ひろ子オフィシャルサイト
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日々雑感
[2017/02/21]
こういう見方もある



 昨日、都内某所で、村田光平元スイス大使の「世界の政治は母性文明に移行する」という趣旨の話を聴く機会があった。村田氏は、父性文化と母性文化の例を多く挙げ、父性文化である軍国主義と経済至上主義が破局をもたらし、生命重視の母性文化による政治に代わると説明。その流れはオバマが作ったとのこと。
 間違ってはいない。学問的手法ではなく、世界を歩いた教養人としての外交官人生から得た結論であろう。この話を聞いて、外交官OBにもさまざまな方がいると改めて思った。保守論客の宮家邦彦、岡本行夫から、革新論客の孫崎享まで、ビジネス界とは少し離れたところで政治社会を考察する恵まれた経歴を活かしての人材だ。
 村田氏は、因みに核廃絶論者であり、そのベースの哲学に母性文化を充てた。母性文化はイコール女性文化ではないとしながらも、女性が多い「環境保護、核廃絶」の市民活動に資する考え方だ。村田氏の予言する方向に行くかどうかは定かではないが、父性的な(エスタブリッシュメント的な)ヒラリーが敗れ、母性的な(保護主義的な)トランプが勝って、そのものの見方は、示唆的ではある。
 村田氏の「学問」は強いて分類するならば、国際比較文化論に該当する。筆者が、オーストラリアで国際関係を勉強している頃、アジア経済危機、アジアの紛争、国際関係理論以外に、国際文化比較論「国際政治における倫理と文化」のクラスも採った。こういう内容は何故か女性の研究者が多く、残念ながら、最も面白くなかった。
 それは、あたかも、マーガレット・ミードの文化人類学が実証なき学問として評価が落ちたように、社会科学としての手法に疑問を感じてならない分野であった。定性的な観察結果を理論と称し、「日本は、ドイツのようなキリスト教国と異なり、戦争の謝罪ができない国である」と結論した。私は、その結論にクレームしているのではない、学問の手法がどこにあるのかと疑問を呈しているのである。
 話を戻すと、日本が母性文化の国(母系社会)であることは認められた事実である。千年以上の通婚社会、父系母所の子育ては揺るがざる証拠である。しかし、母系社会に母系文化の政治社会が現れるかどうか、もっとデータ収集と研究をする必要があろう。
 

[2017/02/18]
ヒラリーの今後、そして・・・



 米民主党の大統領候補指名競争でオバマに敗れ、8年間待ったヒラリー・クリントンは「今度こそ、女性大統領」と信じたであろう。敗者の弁で気丈に語ったヒラリーは、若い女性に向かって自分に続くよう促す言葉で結んだ。
 キャンペーン中、何度も使った「ガラスの天井」。ヒラリーはついに最後の天井を破れなかった。米国の歴史にその名を「初の女性大統領」として残すことはできなかった。
 8年前のヒラリーは「次」を目指して、国務長官(外務大臣)の職を勤め上げた。しかし、ここでヒラリーは個人メールを使って発信したことが大きなマイナスになった。弁護士ヒラリーが何故そんな基本的な過ちを犯したのか。
 ヒラリーは、若き日に子供の権利を守る弁護士として活躍し、夫のアーカンソー知事選を助け、夫の不倫をも庇い、クリントン大統領の下で医療保険制度を作ろうとした(失敗に終わる)。名実ともに優れたキャリアウーマンであり、ウーマンリブの先頭に立ってきた。だが、今や、キャリアウーマンもウーマンリブも旧価値に属し、女性を鼓舞する言葉ではない。
 ヒラリーがさすがに4年後を目指すことはないだろう。なぜなら、ダークホースのトランプが選ばれた理由がヒラリーにあることを彼女自身も認識したからだ。人々は「ヒラリーでない人」を選んだのだ。大量の資金を集め、常に人の上に立ってきた姿勢を崩さなかったヒラリーは人々の心から外れていた。キャンペーン前に出版した「困難な時」などの著書は、国務長官時代の出来事の羅列で、退屈な内容だ。心を打たない。
 1970年代、ビル・クリントンと共に、大学のキャンパスで撮った写真のヒラリーは今とはまったく違う。ひっつめ髪にズボン姿。化粧はない。そう、同じころ、アメリカの大学のキャンパスにいた私もヒラリーと同じ格好をしていた。ついでに言えば、ビルはヒッピーのように髪を伸ばし、そのころの男子学生そのままだった。
 なりふり構わずに、弁護士になるために勉強していたヒラリーが、やがて、政治家の夫のためでもあるが、金髪に染め、化粧と派手な服で自分を変えた。そして「受ける立ち居振る舞い」「受ける話しぶり」を身に着けるうちに本来の質素なヒラリーの姿は失われた。いつしか仮の姿の本人が本物になっていった。
 私は、ヒラリーが今後どうするかを見守りたい。ヒラリーの気持ちの少しを私も共有するからである。思い切って官僚を辞め、衆議院議員は一期で終わり、人口23万の首長選にも敗れた。ヒラリーとは比べ物にならないが、同世代の女性として、1970年代の原点に返り、新しい価値を創造したい。
 蛇足だが、もしかしたら日本のヒラリーになるかもしれなかった元検事で弁護士であった佐藤欣子さんのことを書く。最近ひょんなことから、74歳で亡くなって8年余になる欣子さんの思い出話をする機会があった。欣子さんは、1980年代は、間違いなく「日本をリードする5人の女性」に入っていた。しかし、中曽根総理のバックにも拘らず、1989年の参議院選挙に落選し、欣子さんは二度と政治を目指すことはなかった。
 欣子さんの無念の思いを私は深夜にかかってくる電話でいやというほど聞いた。欣子さんは、もしかしたら総理を目指したかもしれない女性だった。東大法学部時代は、ヒラリーと同じく、同じ服で勉強ばかりしていたそうだ。その後の欣子さんは、反動的に、外見にこだわり、化粧や服装が派手であった。保守の論客で強面の議論をする欣子さんは決して女性の人気者ではなかった。ヒラリーと重なるところがあり、それをきっかけに欣子さんを思い出したので、ここで哀悼の意を表したい。
 アメリカは女性の社会進出層が厚いが、日本は極めて薄い。21世紀の新たな価値創造に、再び、これまでとは異なる女性の社会進出の在り方を課題とすべきである。
 
 

[2017/02/16]
国際関係論が書き換えられる日



 昨日、都内某所の勉強会で、改めて民主主義という価値の創出の歴史とキリスト教文化圏によって説明される「我々の世界」を辿った。民主主義の歴史にアジアは登場しない。
 国際関係の理論は、ツキュディデスとカントの古典から始まる。現代はモルゲンソーやウォルツが必須の教科書だ。10年余前、2度の国政選挙に敗れオーストラリア国立大学大学院で勉強していた頃、「中国の台頭は、国際関係論を塗り替えるだろう」と予言されていたが、果たして、何も変わっていない。
 孫子の兵法が必読書に挙げられることはないし、中国からその中華思想を覇権主義の理論として登場させる試みもない。だとすれば、国際関係論という学問は永遠に西洋史をベースにした世界の理解に終わるのか。既存の理論を当てはめて中国などを理解することになるのか。
 国際関係論の理論は自然科学に比べれば脆弱だ。いや、無いに等しい。月面着陸するのに、精査した計算を使い、理論値通りに到達させる。これに対して、社会科学の方法論は、データと数学を最も使う経済学でも、理論値が当たった例がない。つまり、理論とは言いつつ、定性的な評論に堕しているのだ。いわんや国際関係論においてをや、である。
 フランス革命やアメリカ独立戦争を経て、民主主義という価値を世界に広めてきた西洋史的発想によれば、アジアの世界は政治社会的に遅れている。しかし、現実の世界は、人口規模からみても、生産消費の規模からみても、アジアが主張する時代が訪れている。そのアジアが世界にものが言えないのは、もしかすると政治のせいばかりでなく、学問の勢力が弱いからではないか。日本も、自然科学でのノーベル賞は増えたが、世界を席巻する社会科学者は現れていない。
 戦前は東洋・アジアを勉強するのは右翼だったが、現在はアジアを強調するのは左翼になった。この現象は、学問の基盤の弱さを露呈しているにすぎないと思う。学問や理論を欠く政治は瓦解する。だから、我が国も「もっと学問を」。
 
 
 

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