元衆議院議員(茨城県第6区)[無所属]大泉ひろ子オフィシャルサイト -大泉ひろこの徒然草(つれづれぐさ)-
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日々雑感
[2020/10/12]
真の問題は何? 日本学術会議



 日本学術会議の会員候補6人を任命拒否したことが問題となっている。マスコミは自らの表現の自由につながる学問の自由を蹂躙したとして、菅総理を責める側に立つ。
 橋下徹氏が任命拒否反対の女性論者を相手に、テレビで持論を放ったが、極めて論理的で正しい。政府の機関である以上任命権者にはそもそも拒否権は備わっているとの論点である。女性論者はこの論点に適切な反論ができなかった。
 橋下氏は法律の実務家であり、緻密な言語を駆使して正論を言うのだから、一般論で対抗するのは無理なのだ。マスコミもまた専門性を欠き、人々に受ける一般論をばらまくので、議論の盲点を作り出すだけだ。日韓関係など外交においては甚だしく盲点を作っている。
 しかし、いかにその論点だけが正しくとも、それ以上の問題がある。日本の頭脳に喧嘩を売ってしまったのだ。しかも、菅総理の答弁姿勢は醜悪だ。「総合的俯瞰的」に決めたとは、なんと役人の文脈そのものではないか。答えを含まぬ答え方なのである。国会答弁文書で役人の好きな「前向きに対処することとするよう検討してまいりたい」のフレーズと同じだ。
 菅総理は逃げた。憎い奴は任命したくないが、答弁言語は役人用語を使い(政治家たるものが使うべきではない)、暗にこれをやったのは役人なのだと言っている。なぜ、過去の解釈はどうあれ、任命権者の権利だ、どこが悪いと言下に突っぱねることができなかったのか。虎の尾を踏む勇気があるなら、そのくらいの覚悟がなければなるまい。
 安倍内閣で安保については過去の政府の解釈を変えてきた実績があるではないか。また、悪いのは縦割り社会の官僚であって忖度が悪いのではないとばかり、行革に名を借りて役人バッシングをしていた割には、役人言語を使って彼らのせいにするのは如何?
 しかし、これをきっかけに日本学術会議の在り方を見直すのはいいかもしれない。昔から、総理府(今の内閣府)には、誰も知らない機関が多くぶら下がっていて、そこには多くの職員が張り付いてきた。
 そのひとつであった社会保障制度審議会は、2001年、省庁再編とともに廃止された。戦後1950年、社会保険を中心とする社会保障制度構築を総理に勧告するなど一定の仕事をしてきたが、その役割は経済財政諮問会議と厚労省社会保障審議会に継がれ、「省庁と同様に多すぎる審議会」は潰されたのである。
 蓋し、橋本龍太郎元総理の省庁再編を始めとする行政改革は失敗だった。官僚の肥大を量的に抑制しようとしたが、桶をたらいに変えただけで、水の量を変えなかった。つまり人員は一人も減らず、ポストが減った分独り管理職が多くなり、自分は何をやっていいのか分らない役人が増えた。また、明らかに、官僚志望の学生はトップクラスにはいなくなった。政治の忖度の受け皿となる官僚人生に魅力を失ったからである。
 日本学術会議の見直しをすると言うなら、同時に、官僚制度も見直す時が来た。来年、省庁再編から20年になるのだから。
 

[2020/10/09]
長谷川先生の子育てスイッチ



 総合研究大学院大学学長の長谷川真理子先生が、ご専門の進化生物学から考察した少子化の議論を聴く機会を得た。

 動物の個体が一生の間に時間とエネルギーをどのように配分するかの研究によれば、体重が大きければ時間はゆっくり進み、脳の大きい動物は長生きして経験を活用する。まさに哺乳類として大きく脳の重い人間がその動物である。

 動物個体が一時期に使える時間とエネルギーには限りがあり、何かに使えば他は使えなくなる、つまり、トレードオフが行われることになる。ここで結論を急げば、複雑になった人間社会に適応しようと思えば、子育てに回る時間が少なくなること、それが少子化という現象である。

 動物は、自己の生存維持、つがいの相手を見つけること、子育ての3つを原則として生きる。これに当てはめると、日本の現代女性はかつて親や夫によってあてがわれていた生存維持や結婚成立にエネルギーを多く費やすことになり、子育ての幸せ見通しが悪い時代を生きている。即ち、子育てへの配分が相対的に少なったのである。以上の長谷川先生の少子化論は、実にわかりやすい。

 他方で、人間の社会が豊かで衛生的で教育が普及したせいで、生物界ではありえない現象をもたらすようになった。非婚率が高い、繁殖力のピーク(女性25−35歳)に子供を生まない人が多い、乳児死亡率が下がると出生率が下がるなどの点である。

 発達した人間社会が人間を自然のルールからはずしてきたわけであり、そう考えると、少子化は「やむを得ない」のであり、なすべきことはないのかもしれない。なぜなら、社会を巻き戻しすることは不可能だからである。時に、女性の高学歴化や社会進出を抑制する議論あるいは児童手当を法外な額にすべきという議論も出るが、受け入れられない。

 長谷川先生は、質疑応答において、政策立論者の言う「こうあるべき論」を戒め、「それは進化生物学に解決を求めないでください」という趣旨を明確に言われた。科学に「べき論」は禁物である。もしかしたら、自然科学に比較し、曖昧な社会科学に限界があり、それをもっと曖昧に解釈した政策自体が間違い続けてきたのが、少子化政策なのかもしれない。

 一点だけ、長谷川先生は、科学の分野を離れ、「子育てスイッチ」というものがどうもありそうだと言及した。それが入ると、子供を持ちたいと言う気持ちになる。成長期において周囲に赤子などを見たり触ったりすると、子供を愛する心が養われるということだ。

 これは少子化政策を考える者にとって朗報だ。しかし、もう一つ問題がある。今の20−40代の青壮年は、かつての青壮年に比べ幼い。就職氷河期のような苦労はあったかもしれないが、戦争やひもじい思いの経験はない。兄弟も少なく、多くは先進国の中産階級が享受できるものは得てきた。

 このバックグラウンドの20−40代の心理からくる少子化研究が必要であろう。人口学、経済学、家族社会学、そして自然人類学(ここでは進化生物学)の視点からは多くが分析され、語られてきた。しかし、彼らの幼さ、結婚も子育ても積極的ではない心理を、できれば社会心理を少子化政策に向けてもっと研究すべきであろう。

 長谷川先生は、「国家や社会を維持するために子供を生みましょうと言うのは間違い」と明言されたが、多くの人が子育てスイッチの入らない人生と社会は健全ではない。人々の幸せ感を最大にするのが国家の役割とすれば、少なくとも、子育てスイッチの入りやすい社会を作ることで妥協点を見出していくべきであろう。

[2020/09/10]
「不妊治療が少子化対策」は、男の視点



 自民党総裁選候補者3人の討論会が始まった。全体的に目新しいことはないが、こと少子化対策については驚き、寒心に堪えない内容だった。石破氏は抽象的、岸田氏は通り一遍、菅氏は少子化対策の目玉として、不妊治療の保険適用化を挙げた。
 少子化対策とはいかに赤ん坊を生ますかだと菅氏の頭では考えている。不妊治療と中絶禁止の議論は、少子化の背景を踏まえた制度作りよりも、赤ん坊が生まれさえすればよいという短絡的で、生み育ての責任を回避しがちな男の視点そのものである。
 不妊治療の保険適用はそれに苦しむ人には朗報だが、それは、不妊を疾病ととらえ、健康保険の適用を制度内で検討すべきことであって、少子化対策の目玉ではない。少子化対策は、生んでからこの国の労働力となるまでの制度全体を向上させるべき政策なのである。
 その上、既に専門家が発言しているが、もしこれを少子化対策と主張するならば、団塊ジュニアが出産適齢期である90年代に行うべきであった。保険適用の検討は結構だが、少子化対策としては時季外れも甚だしい。
 少子化対策は、今や国民的課題の第一に挙げられてもおかしくはない。しかし、日本の総理になろうとする候補の討論会で認識の低さが露呈した。残念ながら、女性活躍も少子化対策も今後当分期待できない分野となった。国の借金、消費不況と相まって、日本の下り坂は止められまい。

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