元衆議院議員(茨城県第6区)[無所属]大泉ひろ子オフィシャルサイト -大泉ひろこの徒然草(つれづれぐさ)-
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日々雑感
[2018/02/07]
老い



    昨日、ニューヨーク株式市場で暴落が報道された時、もしや、と心を曇らせた人も多いのではないか。エコノミストは、株価の調整時期と見る人が多いが、来年以降はリーマンショック並みの金融破綻がないとは言えない。世界の景気が過熱し始め、中国も大方の予想を裏切って好調だ。先進国の中では、一番低い成長率の日本は、かつての日本を「回復」できるのか、それとも人口減少と共にずり落ちていくのか。
 今、世界経済の舵取りを行っているのは、成功体験のある米、独、英、中、日などの終戦後生まれの政治家だ。トランプは家業の不動産業を発展させ、その方法論であるDEAL(かけひき)を政治の手法としても使っている。法人税など減税に成功して国内のDEALにひとつ勝った彼は、北朝鮮以上に中国とのDEALに勝負をかけるだろう。TPPに加盟するかもしれないとの情報は、やっとトランプがTPPは対中国のルール作りであることに気付いたのだ。「老い」の彼は経験から学ぶと、私はまだトランプに些かの望みをかけている。
 トランプのDEALは政治手法としては歓迎されず、また、「老い」てから政治に登場した彼を老害と決めつける多くの人もいる。長く人生をやれば成功失敗が相半ばし、批判するのは簡単だ。しかし、若い未経験の政治家に比べ、「老い」は国益だけを考える存在であると私は信ずる。フランスの最年少大統領は今や失望の存在であり、仕事はできない。日本でも、若い政治家は不倫と暴言だけが報道され、およそ仕事にならない。
 さて。「老い」を引き出すために政治論議までして回り道をしてしまった。「老い」を拒否し自刃した三島由紀夫と「老い」を享楽三昧に過ごした谷崎潤一郎の二つの対照的な生き方がある。多くの人はそのどちらでもなく、日常の繰り返しの中で衰弱して死にゆくのかもしれない。すると、三つの生き方があると言うべきか。
 最近、画像で、エンゲベルト・フンパーディンク(60−70年代に一世を風靡した英国人歌手、代表曲リリースミー)が80歳を過ぎて妻のアルツハイマ−病と闘っている姿を見た。若き日の彼の、インドの貴公子が如き顔と立ち姿のシルエットの美しさはそこにはなかった。しかし、彼が唄う歌は若い頃よりもはるかに心を打つものであった。彼は今もステージに上る。歌って歌って磨き上げた歌三昧の老後は、谷崎潤一郎型だ。耽美主義である。
 70年代、私がアメリカに住んでいた頃、世界が恋するピアニストとして持てはやされたのがリベラーチェ。クラシックをポピュラーにアレンジし、目にも止まらぬ速さで鍵盤に指を走らせる。彼の奏でるピアノは、あまりにも巧みであまりにも美しい。この上もなく端正で甘いマスクをしていて、ピアノを弾きながら、トークやダンスや歌を披露し、いずれも上品で最高の質であった。
 ピアニストというより、恐らく日本ではこういうエンターテイメントの分野はないと思われる、エンターテイナーであった。男色家と噂され、87年、それこそエイズが真っ盛りの時代にその病気で亡くなった。何百億ドルの遺産を残したが、彼自身の家族はなく、自らを美しく着飾った舞台衣装と数々の高級車が残った。美容整形や着飾ることで美しいイメージに固執し、男色もエイズもひた隠しに隠した。三島由紀夫型の生き方である。ちなみに、三島も男色家と言われる。
 私は、「老い」を受け止める。「老い」の政治に期待し、「老い」から死への選び方も真剣に取り組む。
 

[2018/01/30]
Society 5.0



総理が議長を務める総合科学技術・イノベーション会議の常勤議員である元東北大教授の原山優子氏からSociety 5.0(ここでは5.0と略す)の実践についてお話をお聞きした。
 5.0の定義は第5期科学技術基本計画によれば、「超スマート社会のこと。必要なもの・サービスを、必要な時に、必要なだけ提供し…<中略>…活き活きと快適に暮らすことのできる社会」である。
 多くの人にとって初耳ではないだろうか。しかし、経済財政諮問会議の2017年骨太方針にも言及され、日本経済再生本部と日本経済団体連合会の2017年の方針にも反映されている。れっきとした我が国の政策目標である。
 具体的な実践例では、AI(人工知能)を使って、事故なく快適にドライブすること、ロボット介護、多様なニーズに合ったものづくり、消費者に農産物の適時自動配送、アレルギー回避の食品提案、スマホによる確実な防災情報、需給調整しつつ電気の安定供給など広い分野にわたる。つまり、AIをど真ん中に置いて、確実性、計画性のある社会が5.0と言うことができよう。
 これらの中身は技術的には既にあるものばかりで、システム化できるかどうかの問題であるように思われる。システム化は、人々の生活に関わる技術ばかりであることを考えると、政府よりもむしろ地域あるいは地方公共団体主導で実現すべきではないか。
 36年前に筆者が住んだ都内恵比寿の家では、既にすべてが全自動になっていた。帰宅前に冷暖房が入る、洗濯機は全自動で乾いた衣服が出てくる、ガーベッジデスポーザー(ごみ処理機)付きの流し台でゴミを出す必要がなかった。しかし、電気代は膨大だったのと、洗濯した衣服はすぐに傷み、また、ごみ処理機は子供を近づけないようにしないと危なかった。さまざまの理由があって、36年前に技術的には既にあった「超スマート生活」は全国的に流行らなかった。
 東日本大震災の時も、実はスマート生活をしている人ほど大変な目に遭った。オール電化した家では、停電の最中、家の中で暖を取れずに車の中で過ごしたという。水道が止まって、井戸を残した家に人々は水をもらいに行った。
 超スマート社会を実現するには、低コストでなければならないし、震災などの事故の場合の対応まで含めたシステム化を図らねばならないだろう。さらに、人口減少社会で人が減っていく地域で、よりスマートに生きたいというモチベーションを維持できるかという問題もあろう。5.0に乗り出す地方公共団体がどれだけいるのか少々心もとない。
 それにしても、政府の宣伝は足りないのではないか。経済政策3本の矢の3番目、成長戦略が何も功を奏していない。5.0はシステムのイノベーションだが、新たなイノベーション産業と並んで、これも成長戦略の要となる。ならば、もっと堂々、政策として広め、大型予算を組むべきではないのか。5.0なんて、誰も知らないよ、安倍さん。
 そして、日本が目指すのは5.0だと国際社会に向かって叫ぶべきだ。既に、G20、OECD、G7などの科学大臣会合で表明していると言うが、話題に上らない。マスコミも書かない。お隣中国では、アメリカがグローバリゼーションから脱退したのをいいことに、一帯一路の国際戦略をぶち上げている。もともとは、TPPによって太平洋沿岸が日米のルール化されるのに対抗して、ユーラシアの内部やアフリカの中国ルール化を狙ったものだが、貿易だけが目的ではない。周辺のインフラ開発に乗り出し、そのためのイノベーションにも巨大な資金を投入している。
 中国の研究開発費のGDPに対する割合は、日本を抜き、アメリカも抜こうとしている。最近、ニューズウィーク等いくつかの経済誌が中国が研究開発をリードし始めたことを書いている。日本人は言う。「何、共産国家で自由に研究のできない中国なんか大したことないよ。ノーベル賞だって今までたった一人だ」。確かに、火薬の発明など唐時代に科学の先進を遂げていた中国は千年以上、この分野では眠り続けてきた。だが、侮っていいのか。
 世界の人々は一帯一路は知っている。が、Society 5.0は誰も知らない。日本人、もっと頑張れ。
 

[2018/01/22]
西部邁氏の死を悼む



   音楽家の不倫・引退会見、相撲界の再びの不祥事、北朝鮮の平昌五輪参加、いつもの喧(かまびす)しい報道の一方、西部邁氏の多摩川入水自殺は殆ど伝えられなかった。
 神経系の病に侵され、頭脳明晰は変わらぬものの、先生は死を予告していた。知識人界、言論界では、巨星墜つ、だ。きら星は流れ星の如く闇に吸い込まれていった。
 マスコミは保守系評論家、と彼を表する。先生はもともと経済学者だが、私には、社会思想家と言った方がピンとくる。社会科学のあらゆる分野で知性を惜しみなく発揮する。芸術も造詣が深い。何よりも、議論を始める前に、言葉の定義を語るが、この深さ、面白さ、歴史観、世界観に驚愕する。
 西部先生はこと民主党に関しては手厳しかった。かなり早い段階で「この党は解体するしかない」と言い放っていた。御自身は、60年安保闘争から足を洗って保守の論客に転じた経験があり、似非(えせ)革新を何より嫌った。民主党は、もともと非自民だけを標榜して、労働組合と松下政経塾が、それぞれ砂糖と塩を競って入れ続け、甘いのでもなく辛いのでもなく、保守でも革新でもなく、議員という地位を得るためだけの坩堝(るつぼ)となった。
 西部先生の予告通り、民主党、それを継いだ民進党、希望の党は解体寸前、今や時間の問題だ。解体序盤に仲間から外された立憲民主党だけが旧社会党再来のような形で残ったのは皮肉だ。
 私が2012年の総選挙で敗北した後、民主党を辞めたのは西部邁氏の影響なしとは言えない。政党も主知主義をとらねばならないとの西部流思想を選び、損得勘定だけの、土台のない政党を忌み嫌うようになったのだ。民主党政権時代に民主党が喜んで使った論客である山口二郎、金子勝、植草一秀、浜矩子などは皆、民主党系から距離を置いている。知識人界、言論界から遠ざけられた政治が成り立つとは思えない。
 西部先生は決して政権寄りでもない。安倍政権にも批判は向けてきた。しかし、右から左までの論客と渡り合い、西洋史に比べ議論の足りない日本近代史を論理的に再考し、自然主義的な日本の思想の基礎は保守主義であるとの確信は揺るがなかった。
 残念無念。西部邁は、もういない。日本の知性の柱は墜ちた。

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連載小説
民主党を辞めた理由
新しいつくばをつくるみんなの会
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 孫のいない時代 [2015.4月〜2016.2月]
 第二の性を生きる [2014.11月〜]
 老人大陸の平和 [2014.7月〜]
 少子高齢と地方 [2014.4月〜]
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